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7月12日に起きた災害|北海道南西沖地震の教訓

7月12日の北海道南西沖地震を振り返り、防災リュックやハザードマップで備えを見直す防災カレンダーのイラスト

7月12日に起きた災害|北海道南西沖地震の教訓

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。

7月12日は、過去にどのような災害が起きた日なのでしょうか。この日は、日本の津波防災を大きく変える出来事があった日です。1993年(平成5年)7月12日、北海道南西沖地震が発生し、奥尻島を中心に甚大な被害が出ました。

この記事では、7月12日に起きた北海道南西沖地震を防災カレンダーとして振り返り、そこから私たちが今日できる備えを防災士の視点で解説します。過去の災害を知ることは、不安をあおるためではありません。同じ被害を繰り返さないために、今の暮らしを見直すきっかけにするためです。

北海道南西沖地震とは、1993年7月12日に北海道・奥尻島の北方沖で発生した、マグニチュード7.8の大地震です。地震直後に押し寄せた大津波により、奥尻島を中心に約230名の方が犠牲になりました。

目次

7月12日は何の日?北海道南西沖地震が起きた日

7月12日のカレンダーと時計を描いた防災カレンダーのイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

毎年7月12日が近づくと、北海道では北海道南西沖地震を振り返る報道や追悼の動きが見られます。それだけ、この災害が地域の記憶に深く刻まれているということですね。まずは、この日にどんな出来事があったのかを整理してみましょう。

7月12日に起きた主な災害の記録

1993年7月12日の夜、22時17分ごろ。多くの人が一日を終えて休もうとしていた時間帯に、北海道南西沖を震源とする大地震が発生しました。気象庁はこの地震を「平成5年(1993年)北海道南西沖地震」と命名しています。

この地震が特に恐ろしかったのは、揺れそのものよりも、その直後に襲ってきた大津波でした。地震発生からわずか数分で、津波が奥尻島の集落を飲み込んだのです。日本の津波防災を考えるうえで、決して忘れてはならない一日と言えます。

項目内容
発生日時1993年(平成5年)7月12日 22時17分ごろ
震源北海道・奥尻島北方沖の日本海海底(深さ約34〜35km)
マグニチュード7.8(日本海側で近代以降最大級)
最大震度北海道本土で震度5、奥尻島は震度6相当と推定
主な被害死者・行方不明者 約230名/負傷者323人/住家全半壊 約1,009棟

奥尻島の震度が「推定」となっているのは、当時、島内に地震計が設置されていなかったためです。後の現地調査などから、震度6相当の強い揺れがあったと考えられています。

奥尻島を襲った津波の高さと特徴

島と海と波の高さを図解的に示したイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

北海道南西沖地震を語るうえで欠かせないのが、奥尻島を襲った津波の高さです。気象庁の技術報告によると、奥尻島の藻内(もない)地区では、津波が斜面をかけ上がった高さ(遡上高)が最大で約29mに達したことが、後の現地調査で確認されています。資料によっては31mとする説もあり、いずれにしてもビル数階分に相当する、想像を超える高さでした。

島の南端にある青苗(あおなえ)地区では、地震と津波に加えて火災も発生し、被害がさらに拡大しました。揺れ・津波・火災という複数の災害が短時間に重なったことが、この災害の被害を甚大なものにした要因の一つとされています。

北海道南西沖地震の概要と被害

ここからは、北海道南西沖地震がどのように発生し、どんな被害をもたらしたのかを、もう少し詳しく見ていきます。数字の一つひとつの裏側に、当時の人々の暮らしがあったことを忘れずに読んでいただければと思います。

発生した時刻・震源・最大震度

日本海と北海道の地図に震源を示した図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

震源は奥尻島の北方沖、日本海の海底でした。マグニチュードは7.8。これは、日本海側で発生した地震としては近代以降で最大級の規模です。深さは約34〜35kmと比較的浅く、海底が大きく動いたことで、巨大な津波を生み出すことになりました。

揺れは北海道だけでなく、東北地方の日本海側でも観測されました。北海道本土では最大で震度5を記録。震源に最も近い奥尻島では、地震計こそなかったものの、家屋の倒壊やがけ崩れの状況から、震度6相当の激しい揺れだったと推定されています。

揺れの直後に到達した津波の脅威

砂時計と海岸で津波到達までの短い時間を表す図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

この災害で最も多くの命を奪ったのは、津波でした。内閣府の資料によると、津波は地震発生からわずか約5分で奥尻島に到達したとされています。奥尻町の記録では「2〜3分後に第1波が来襲したとみられる」とも記されており、いずれにしても「逃げる時間がほとんどなかった」ことがわかります。

当時、大津波警報は地震発生の約5分後(22時22分)に発表されました。しかし奥尻島では、警報が出るより先に津波が到達していた地域もありました。「警報を聞いてから逃げる」では間に合わなかったのです。

後の調査では、奥尻島で生き延びた方の多くは、警報を待たずに、自分の判断ですぐに高台へ避難していたことがわかっています。一方で「まだ時間がある」と港や船の様子を見に行ってしまった例もあったと、当時取材した報道関係者が振り返っています。この差が、生死を分けることにつながりました。

火災も重なった青苗地区の被害

夜の海辺の町を穏やかに描いた防災学習用イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

青苗地区では、津波で家屋が破壊された後、夜間に火災が発生しました。内閣府の災害対応資料集によると、青苗地区の焼失棟数は約189棟にのぼったとされています。停電で暗闇に包まれるなか、津波と火災が同時に人々を襲ったのです。

北海道全体の総被害額は約1,323億円に達しました。災害救助法が適用された5町村の死者・行方不明者は、全道の98.7%を占めたとされ、いかに奥尻島に被害が集中したかがわかります。

防災理科|なぜ津波はこれほど速かったのか

「地震が起きてから数分で津波が来る」——これは、太平洋側の海溝型地震に慣れた感覚とは大きく異なります。なぜ北海道南西沖地震の津波は、これほど速かったのでしょうか。少しだけ理科の視点で見てみましょう。

日本海側で地震と津波が起きる仕組み

海底の断層が動いて津波が発生する仕組みの断面図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

地震には大きく分けて、海のプレートが陸のプレートの下に沈み込む境界で起きる「海溝型地震」と、地盤に溜まったひずみが断層となって割れる「断層型」があります。北海道南西沖地震は、日本海の東の縁(日本海東縁変動帯)にある海底の断層が、ずれ動いて発生したと考えられています。

海底で断層が上下にずれ動くと、その上にある海水も一緒に持ち上げられ、それが四方に広がって津波になります。震源が陸地に近いほど、津波は短い時間で海岸に到達します。

奥尻島は、まさにその震源のすぐそばに位置していました。太平洋側であれば、震源が沖合の海溝にあるため津波の到達まで数十分の余裕があることもあります。しかし日本海側は陸に近い場所で地震が起きやすく、津波到達までの時間が極端に短くなるという特徴があるのです。日本列島がどのようなプレートの上に成り立っているのかを知っておくと、こうしたリスクの違いも理解しやすくなります。詳しくは日本列島と4つのプレートの秘密を解説した記事もあわせてご覧ください。

「揺れたらすぐ避難」が命を分けた理由

家族が高台へ避難する様子を描いたイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

北海道南西沖地震が私たちに残した最大の教訓は、「強い揺れを感じたら、警報を待たずにすぐ高台へ逃げる」という、シンプルでありながら最も大切な行動原則です。

2011年3月11日、私は福島でこの考え方の重さを身をもって知ることになりました。あの日を経験したからこそ、奥尻島の「数分で津波が来た」という事実が、決して他人事ではないと感じます。揺れが収まるのを待ち、情報を確認し、それから逃げる——その数分の間に、津波はもう目の前まで来ているかもしれないのです。

同じ津波避難の教訓として、東日本大震災で多くの子どもたちが自らの判断で生き延びた事例も知っておきたいところです。釜石の奇跡と「津波てんでんこ」の教訓をまとめた記事も、ぜひ参考にしてください。

北海道南西沖地震から学ぶ今日の防災

過去の災害は、遠い昔の話ではありません。今日の備えを見直すきっかけになります。北海道南西沖地震の教訓を、私たちの暮らしに置き換えて考えてみましょう。

海の近くで揺れを感じたときの行動

海岸から高台へ避難する経路を示した図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

海岸や川の近くで強い揺れや、長くゆっくりした揺れを感じたら、津波を疑ってください。やるべきことは一つ、とにかく高い場所へ逃げることです。

津波避難の基本原則

・揺れたら、警報や情報を待たずにすぐ避難を始める
・「遠く」より「高く」を優先する(近くの高台・高い建物へ)
・一度避難したら、安全が確認できるまで戻らない
・家族がそれぞれの場所で生き延びることを最優先にする

「まだ大丈夫だろう」「荷物を取りに戻ろう」という気持ちが、避難を遅らせます。奥尻島の経験は、その数分の判断がいかに重いかを教えてくれます。

停電・断水・孤立への備え

懐中電灯や水、保存食などの備蓄品を並べたイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

奥尻島は離島であったため、地震後は本土からの支援が届くまでに時間がかかり、停電・断水・物資不足が長く続きました。これは離島に限った話ではありません。大きな災害では、どの地域でもライフラインが止まり、外部からの助けがすぐに来ない「孤立」状態になり得ます。

防災士として300社以上の法人備蓄を支援してきた経験から言えるのは、「最低3日分、できれば1週間分」の水・食料・明かり・トイレを家庭で備えておくことの大切さです。特に夜間の災害では、明かりの有無が行動を大きく左右します。北海道南西沖地震も夜に発生したことを思い出してください。

今日見直したい防災チェックリスト

防災チェックリストと防災リュックを描いたイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

北海道南西沖地震の教訓を踏まえて、今日できる防災チェックをまとめました。一つでも「できていない」があれば、今日が見直しのタイミングです。

  • 海・川の近くで強い揺れを感じたら、すぐ高台へ逃げると家族で決めている
  • 自宅や職場の近くの「高い避難場所」を具体的に把握している
  • 停電に備えて、懐中電灯・ヘッドライト・モバイルバッテリーを準備している
  • 水・食料・携帯トイレを最低3日分(できれば1週間分)備えている
  • ハザードマップで自宅周辺の津波・浸水リスクを確認している
  • 家族の避難場所と連絡方法を話し合っている

停電時にどう動けばよいか不安な方は、防災意識の高め方と今日からできる向上策をまとめた記事も参考になります。

よくある質問

Q. 北海道南西沖地震はいつ、どこで起きたのですか?

1993年(平成5年)7月12日22時17分ごろ、北海道・奥尻島の北方沖の日本海海底で発生しました。マグニチュードは7.8で、日本海側では近代以降最大級の地震です。

Q. 北海道南西沖地震の津波の高さはどれくらいでしたか?

気象庁の技術報告によると、奥尻島の藻内地区で津波の遡上高が最大約29mに達したとされています。資料によっては31mとする説もあり、ビル数階分に相当する高さでした。

Q. 津波は地震発生からどれくらいで到達したのですか?

内閣府の資料では地震発生から約5分、奥尻町の記録では2〜3分後に第1波が来襲したとみられています。大津波警報の発表より先に津波が到達した地域もあり、揺れたらすぐ避難することの重要性を示しています。

Q. 北海道南西沖地震から私たちが学べる教訓は何ですか?

最大の教訓は「強い揺れを感じたら、警報を待たずにすぐ高台へ避難する」ことです。海の近くでは津波が数分で到達することがあり、情報を確認してから逃げるのでは間に合わない場合があります。

まとめ|北海道南西沖地震の教訓を今日の備えに

7月12日は、北海道南西沖地震という、日本の津波防災を大きく変えた出来事があった日です。地震発生からわずか数分で奥尻島を襲った大津波は、「揺れたら、警報を待たずにすぐ逃げる」という行動原則の大切さを、私たちに強く教えてくれました。

この災害をきっかけに、津波警報は地震発生から数分後に発表できるよう改善が進められました。技術は進歩しましたが、最後に命を守るのは、一人ひとりの「すぐ逃げる」という判断です。北海道南西沖地震の教訓は、海から離れて暮らす私たちにとっても、停電や物資不足への備えという形で活きてきます。

福島で東日本大震災を経験した防災士として、過去の災害が遠い昔の話ではないと、改めて感じます。大切な人を守るために、まずは今日できることから始めていきましょう。

数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

過去の災害のより詳しい記録や教訓については、内閣府が公開している資料が参考になります(出典:内閣府防災『北海道南西沖地震教訓情報資料集』)。

参考情報について

本記事は公的資料をもとに、過去の災害や防災に関する出来事を紹介しています。災害の記録は調査の進展や資料によって数値・表記が異なる場合があります。最新の正確な情報は、各省庁・自治体・関係機関の公式情報をご確認ください。

本記事は、特定の個人・地域・団体を批判するものではなく、過去の出来事から防災の教訓を学び、今日の備えにつなげることを目的としています。

北海道南西沖地震が教えてくれた備え

北海道南西沖地震から私たちが学べることは、「知識と行動」が命を左右するという事実です。あなたの備えを今すぐ確認してください。

あなたの防災度チェック

・海や川の近くで強い揺れを感じたら、すぐ高台へ逃げると決めている
・停電に備えて明かりとモバイルバッテリーを準備している
・水・食料・携帯トイレを最低3日分備えている
・持ち出し袋が玄関にすぐ持って出られる状態にある
・家族全員で避難場所・連絡方法を確認している

北海道南西沖地震の教訓は「逃げる準備は、逃げる前に整える」ことを示しています。HIHの防災リュックは、その「準備」をすぐ始められるように設計されています。

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🛡️ 防災士監修記事

後藤 秀和(ごとう ひでかず)

防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役

2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得しHIH(Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

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この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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