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7月17日に起きた災害|安達太良山噴火から学ぶ防災カレンダー

1900年7月17日に起きた安達太良山噴火を象徴する夏の夕暮れの火山と火口原のイメージ

7月17日に起きた災害|安達太良山噴火から学ぶ防災カレンダー

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。

7月17日は、過去にどのような災害が起きた日なのでしょうか。実はこの日、私が暮らす福島で、120年以上前に大きな火山災害が起きています。安達太良山噴火です。

この記事では、7月17日に発生した安達太良山噴火をはじめとする災害や防災に関する出来事を振り返り、そこから私たちが今日できる備えを防災士の視点で解説します。過去の災害を知ることは、不安をあおるためではありません。同じ被害を繰り返さないために、今の暮らしを見直すきっかけにするためです。

安達太良山噴火とは、1900年(明治33年)7月17日に福島県の安達太良山・沼ノ平火口で発生した水蒸気噴火のことです。火口にあった硫黄精錬所が被災し、多くの作業員が犠牲になりました。

この災害が教えてくれる最大の教訓は、「早めの避難判断が生死を分ける」ということです。実際にこの噴火では、早く動いた人と、その場にとどまった人とで運命が大きく分かれました。記事の後半では、その事実を今日の防災行動にどうつなげるかまで具体的にお伝えします。

目次

7月17日に安達太良山噴火が起きた日の記録

硫黄質の火口原から水蒸気が立ちのぼる夏の夕暮れの火山地帯のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

まずは7月17日という日付に、過去どんな災害が起きたのかを整理しておきましょう。安達太良山噴火を中心に、同じ日に起きた出来事を振り返ります。

1900年に起きた安達太良山の噴火

1900年(明治33年)7月17日、福島県の安達太良山にある沼ノ平火口で水蒸気噴火が発生しました。当時、この火口の内部には硫黄を採掘・精錬する施設があり、多くの作業員が働いていました。

気象庁の記録によれば、この噴火では火口の硫黄精錬所が壊滅し、死者72名、負傷者10名の被害が出たとされています。資料によっては被災者を合計82名(即死64名、のちに亡くなった方を含む)とするものもあり、当時の混乱を物語っています。福島で生まれ育った私にとっても、地元でこれほどの火山災害が起きていた事実は重く受け止めるべきものだと感じています。

安達太良山は、福島市の南西にそびえる標高1,700mの火山です。智恵子抄で「ほんとの空」とうたわれた、福島県を代表する美しい山でもあります。

7月17日のその他の災害の出来事

7月17日は、火山だけでなく気象災害が起きた日でもあります。2004年(平成16年)のこの日から翌18日にかけて、福井県を中心に記録的な大雨が降り、平成16年7月福井豪雨と名付けられました。河川の氾濫や土砂災害が発生し、大きな被害をもたらした災害として記録されています。

梅雨の終わりから盛夏にかけてのこの時期は、もともと大雨や雷雨が増える季節です。火山も気象も、7月17日という日付は私たちに「夏の災害への備え」を思い出させてくれます。

同じ日に起きた世界の災害

視野を世界に広げると、火山災害は人類の歴史に何度も刻まれてきました。たとえば1815年にインドネシアで起きたタンボラ山噴火は、記録に残る中で人類史上最大規模とされ、世界規模で気候を変えるほどの影響を残しました。

規模はそれぞれ違っても、火山が人々の暮らしに突然牙をむくという点は共通しています。だからこそ、日本という火山国に暮らす私たちは、火山との付き合い方を知っておく必要があるのです。


安達太良山噴火の概要と被害の特徴

水蒸気噴火で噴煙と火山灰が立ちのぼる様子を象徴したイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

ここからは、安達太良山噴火がどのように起き、なぜ被害が広がったのかを詳しく見ていきます。当時の記録には、現代の私たちが学ぶべきヒントがたくさん残されています。

いつどこで噴火が発生したのか

産業技術総合研究所の詳細な記録によると、安達太良山の活動は噴火の前年、1899年初頭から活発になっていました。沼ノ平火口の噴気孔が活発化し、爆発や降灰が断続的に起きていたのです。それでも火口内の硫黄精錬所は操業を続けていました。

そして1900年7月17日当日。午前11時頃には、近くの沼尻温泉でお湯の温度が上がり、井戸水が減って湧き水が枯れるという前兆現象が確認されています。午後4時頃に最初の小さな爆発が起こり、その後、午後6時頃から約30分の間に3回の爆発が連続して発生しました。

火口の硫黄精錬所で起きたこと

最初の小爆発のとき、火口内の精錬所では作業員たちは静観していたと記録されています。2回目の爆発で、13歳の少年が一人、いち早く逃げ始めました。他の作業員の約半数もこのとき避難を開始します。

ところが、避難していた人々が火口の縁付近まで到達したそのとき、最大規模となる3回目の爆発が起きました。噴石や降灰に加えて「疾風」と呼ばれる高温の風(低温の火砕サージ)が発生し、避難の途中だった作業員たちが巻き込まれてしまったのです。先に逃げ始めた少年は助かりました。

この出来事は、「危険を感じてから動くのでは間に合わないことがある」という火山災害の怖さを示しています。逃げ始めるタイミングが、わずかな差で生死を分けたのです。

被害が広がった複合的な要因

なぜこれほどの被害になったのか。それは一つの原因ではなく、複数の要因が重なった結果だと考えられています。下の表に整理してみました。

要因当時の状況現代の教訓
火口内での作業危険な火口の中に精錬所があった危険区域に長くとどまらない
操業の継続前年から異変があっても操業を続けた異変を感じたら活動を止める判断
避難の遅れ最大の爆発前の避難開始が遅れた早めの避難判断を徹底する
情報の不足火山を監視する仕組みがなかった公的な火山情報を活用する

当時は火山を科学的に監視する技術も、噴火を知らせる仕組みもありませんでした。前兆現象が出ていても、それが「危険のサイン」だと判断できなかったのです。この点が、現代との大きな違いです。火山がどのように大地をつくり、噴出物が降り積もるのかという仕組みは、火山による地層のでき方もあわせて読むと理解が深まります。

安達太良山噴火から学ぶ防災の教訓

家族で避難経路と連絡方法を話し合う室内のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

120年以上前の災害ですが、ここから学べることは今も色あせていません。安達太良山噴火が私たちに残してくれた教訓は、大きく3つあります。「早めの避難判断」「仕事中でも命を優先する」「火山情報と前兆を知る」です。それぞれ具体的な行動に落とし込んでいきましょう。

早めの避難判断が命を分ける

この噴火で最も鮮明な教訓は、避難のタイミングです。早めに逃げ始めた少年は助かり、判断が遅れた人々は被災しました。これは火山だけでなく、地震の津波、豪雨の浸水、土砂災害など、あらゆる災害に共通する原則です。

「まだ大丈夫だろう」という気持ちは、誰にでも自然に生まれるものです。けれども災害の現場では、その数分の差が結果を大きく変えてしまいます。迷ったら早めに動く。これを家族の合言葉にしておきたいですね。

仕事中でも危険を感じたら動く

安達太良山の精錬所は、異変が起きても操業を続けていました。当時の事情を今の感覚で評価することはできませんが、「仕事や日常を止めにくい」という心理は、現代の私たちにも当てはまります。

2011年3月11日、私は福島でこの揺れを経験しました。あのとき、仕事の手を止めて家族の安全を最優先に動けたかどうかで、その後の数日間の落ち着き方が変わったと感じています。命を守る行動は、何よりも優先してよいのです。職場での避難ルールを、一度確認しておくことをおすすめします。

火山情報と前兆現象を知っておく

安達太良山では当日、温泉の水温上昇や湧き水の枯れといった前兆現象が確認されていました。今の私たちには、こうした変化を科学的にとらえる仕組みがあります。気象庁は安達太良山を常時観測火山に指定し、地震計や監視カメラを使って24時間体制で見守っています。

火山の活動状況は、5段階の噴火警戒レベルで発表されます。安達太良山は現在レベル1(活火山であることに留意)で静穏に経過していますが、こうした情報をどこで確認できるかを知っておくだけで、いざというときの初動が変わります(出典:気象庁『安達太良山』)。

7月17日に見直したい防災チェックリスト

玄関で防災リュックの中身と重さを家族で確認するイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

過去の災害を「そうだったんだ」で終わらせず、今日の行動につなげましょう。安達太良山噴火の教訓をふまえて、今すぐ確認したいポイントをまとめました。

防災リュックと避難経路を確認する

早めの避難を実現するには、すぐに持ち出せる備えが欠かせません。防災リュックが玄関などすぐ手に取れる場所にあるか、中身の期限が切れていないかを確認しましょう。

防災リュックは「重すぎて持って逃げられない」と本末転倒です。HIHでは、男性は10kg以下、女性は7kg以下(理想は男性8kg・女性5kg以下)を目安にすることをおすすめしています。詰め込みすぎていないか、一度背負って確認してみてください。

水と食料と携帯トイレを点検する

火山灰が降ると、外出も物流も止まりやすくなります。停電や断水に備えて、飲料水・保存食・携帯トイレを家族の人数分そろえておきましょう。目安は最低3日分、できれば1週間分です。

ローリングストック(普段から少し多めに買い、使った分だけ買い足す方法)なら、無理なく備蓄を続けられます。期限切れのムダも防げますよ。

ハザードマップで火山リスクを知る

お住まいの地域に、どんな災害リスクがあるかをご存じでしょうか。火山の近くなら火山ハザードマップ、川の近くなら洪水ハザードマップを確認しておきましょう。自治体のサイトや窓口で手に入ります。

安達太良山のハザードマップでは、火口が西を向いているため猪苗代町側が被害想定の対象とされていますが、風向きによっては二本松市側にも灰が降る可能性が指摘されています。自分の地域がどう想定されているかを知ることが、備えの第一歩です。停電など二次的な被害への備えは、停電はなぜ起きる?台風・地震の仕組みと対策もあわせて参考にしてください。

よくある質問

ハザードマップと防災用品をテーブルで点検する様子のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

Q. 安達太良山噴火はいつ起きたのですか?

A. 1900年(明治33年)7月17日に、福島県の安達太良山・沼ノ平火口で発生しました。火口内にあった硫黄精錬所が被災し、気象庁の記録では死者72名・負傷者10名とされています。

Q. 安達太良山噴火はどんな種類の噴火だったのですか?

A. 地下水が高温で一気に水蒸気になって起きる「水蒸気噴火」でした。火山爆発指数はVEI2の中規模で、低温の火砕サージ(高温の風を伴う噴出物の流れ)が発生し、被害を大きくしたとされています。

Q. 今の安達太良山は噴火する危険があるのですか?

A. 安達太良山は気象庁の常時観測火山で、24時間体制で監視されています。2025年時点では噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)で静穏に経過していますが、活火山であることに変わりはありません。最新情報は気象庁のサイトで確認できます。

Q. 安達太良山噴火から学べる一番の教訓は何ですか?

A. 「早めの避難判断が命を守る」ことです。この噴火では、最大の爆発の前に逃げ始めた人が助かりました。危険を感じたら迷わず動く、その数分の差が生死を分けるという教訓は、火山以外の災害にも共通します。

まとめ|安達太良山噴火を今日の備えに変える

備えを整えた家庭から夕暮れの山影を望む希望ある室内のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

7月17日に起きた安達太良山噴火は、福島の歴史に刻まれた火山災害です。火口の硫黄精錬所で多くの方が犠牲になりましたが、早めに避難を始めた人が助かったという事実は、今を生きる私たちに大切な教訓を残してくれました。

あらためて、この記事のポイントを振り返ります。第一に、早めの避難判断が命を分けること。第二に、仕事や日常よりも命を守る行動を優先してよいこと。第三に、公的な火山情報や前兆現象を知り、備えにつなげることです。

福島で東日本大震災を経験した防災士として、私はこの教訓の重さを感じています。過去の災害は、遠い昔の話ではありません。今日の備えを見直すきっかけになります。大切な人を守るために、まずはできることから始めていきましょう。

数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

参考情報について

本記事は公的資料をもとに、過去の災害や防災に関する出来事を紹介しています。災害の記録は調査の進展や資料によって数値・表記が異なる場合があります。最新の正確な情報は、各省庁・自治体・関係機関の公式情報をご確認ください。

本記事は、特定の個人・地域・団体を批判するものではなく、過去の出来事から防災の教訓を学び、今日の備えにつなげることを目的としています。

逃げる準備は逃げる前に|今日からの備え

安達太良山噴火から私たちが学べることは、「知識と行動」が命を左右するという事実です。あなたの備えを今すぐ確認してください。

あなたの防災度チェック

  • 危険を感じたら「まだ大丈夫」と思わず早めに避難できる準備がある
  • 仕事中・外出中でも家族と連絡を取り合える手段を決めている
  • 気象庁や自治体の災害情報をどこで確認するか把握している
  • 持ち出し袋が玄関にすぐ持って出られる状態にある
  • 家族全員で避難場所・連絡方法を確認している

安達太良山噴火の教訓は「逃げる準備は、逃げる前に整える」ことを示しています。HIHの防災リュックは、その「準備」をすぐ始められるようにまとめています。

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🛡️ 防災士監修記事

後藤 秀和(ごとう ひでかず)

防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役

2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得しHIH(Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

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この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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