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7月11日に起きた災害|静岡地震から学ぶ防災カレンダー

7月11日の静岡地震を振り返り、ハザードマップと防災リュックで備えを確認する防災カレンダーのアイキャッチ画像

7月11日に起きた災害|静岡地震から学ぶ防災カレンダー

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。

7月11日は、過去にどのような災害が起きた日なのでしょうか。この記事では、1935年(昭和10年)のこの日に発生した静岡地震を振り返り、そこから私たちが今日できる備えを防災士の視点で解説します。

過去の災害を知ることは、不安をあおるためではありません。同じ被害を繰り返さないために、いまの暮らしを見直すきっかけにするためです。約90年前の静岡で何が起きたのかを知ると、南海トラフ地震が心配される今、自分の足元の備えがどこまでできているかが見えてきます。

目次

7月11日は何の日?静岡地震が起きた日

7月11日の夕方に静岡地震が発生したことを示すカレンダーのイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

静岡地震とは、1935年(昭和10年)7月11日に静岡県静岡市付近で発生したマグニチュード6.4の地震で、静岡市で震度6を観測し、死者9名・全壊家屋363戸などの被害を出した地震です。

7月11日と聞いてすぐに災害を思い浮かべる方は、そう多くないかもしれません。けれども静岡県にとっては、忘れてはいけない地震が起きた日です。同じ「静岡地震」という名前の地震は1965年にも発生していますが、単に静岡地震といえば、この1935年のものを指すことが多いとされています。別名を「大谷(おおや)地震」ともいいます。

7月11日に発生したおもな災害

7月11日の代表的な災害は、この静岡地震です。発生時刻は夕方の17時24分頃。家庭では夕食の支度が始まる時間帯で、火を使う家も多い時間でした。

また7月という時期は、梅雨末期の豪雨や、その後に続く台風シーズンの入り口でもあります。地震だけでなく、大雨・浸水といった気象災害にも意識を向けたい季節です。「地震の備え」と「水害の備え」は重なる部分も多いので、この時期にまとめて見直しておくと効率的ですね。

静岡地震が起きた1935年の時代背景

1935年は昭和10年。木造住宅が主流で、現在のような耐震基準(新耐震基準は1981年から)はまだありませんでした。建物の多くは地震の揺れに弱く、いったん大きく揺れると倒壊しやすい状況だったのです。

当時はもちろん、緊急地震速報もスマートフォンもありません。揺れが来てから身を守るまでの「数秒」を、自分の判断だけでつかむしかなかった時代です。情報も住まいの強さも今とは大きく違いますが、だからこそ「揺れにどう備えるか」という根っこの教訓は、現代にもそのまま生きています。

静岡地震の概要と被害規模

静岡地震の震源と揺れの広がりを示す防災図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

ここでは、静岡地震がどこで、どの程度の規模で発生し、どんな被害をもたらしたのかを整理します。

いつどこで発生したのか

静岡地震は、1935年7月11日17時24分頃、静岡県静岡市付近(北緯35.01度・東経138.40度)を震源として発生しました。規模はマグニチュード6.4です。揺れは関東地方から中国地方にかけての広い範囲で感じられましたが、被害が大きかったのは震源に近い静岡市から清水市(現在の静岡市清水区)にかけての一帯でした。

項目内容
発生日時1935年7月11日 17時24分頃
震源静岡県静岡市付近
規模マグニチュード6.4
最大震度震度6(静岡市)
人的被害死者9名・負傷者229名
建物被害全壊家屋363戸ほか(静岡・清水)

静岡市で観測した震度6の揺れ

震度6の強い揺れによる室内のリスクを図解したイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

静岡市では震度6を観測しました。当時の震度階級では最大級に近い、非常に強い揺れです。立っていられず、固定していない家具が倒れ、耐震性の低い木造家屋では倒壊が相次ぐレベルです。熱海・下田・三島・沼津・御殿場などでも震度4が記録され、揺れの広がりの大きさがうかがえます。

震度6がどれくらいの揺れなのか、震度とマグニチュードの違いとあわせて知っておくと、防災情報がぐっと読み解きやすくなります。詳しくは地震の震度全10段階を解説した記事もあわせてご覧ください。

被害が有度山周辺に集中した理由

地盤の違いで揺れやすさが変わることを示す地層断面の図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

この地震で興味深いのは、被害の出方に偏りがあったことです。被害は有度山(日本平)の北側と西側に集中し、震央そのものよりも、やや離れた場所で被害が大きくなる傾向がありました。日本平の南西側の高松・大谷地区、北西側の国吉田・栗原地区などでは家屋の倒壊率が10%程度以上に達した一方、その中間にある堀ノ内地区などではあまり被害が出なかったと記録されています。

調査では、家屋の被害は大谷川やその西を流れる川の周辺で多く、大谷地区の東側に入ると急に震害が減っていたとされ、この違いは地盤の違いによるものと考えられています。同じ地震でも、立っている土地によって被害が大きく分かれた——これが静岡地震の大切なポイントです。

静岡地震はなぜ起きたのか

では、この地震はどういう仕組みで起きたのでしょうか。少し「防災理科」の視点で見てみます。

想定東海地震の震源域で起きた直下型

都市直下で発生する直下型地震の位置関係を示す図解イラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

静岡地震は、想定されている東海地震の震源域の内側で発生した地震です。海溝型の巨大地震とは別に、陸地の直下で起こる「直下型地震」の一つと位置づけられます。直下型地震の怖さは、震源が浅く都市の真下で起こりやすいため、規模(マグニチュード)が中程度でも、その真上の地域には強烈な揺れが集中することです。

静岡地震もM6.4と、巨大地震というほどの規模ではありませんでしたが、静岡市で震度6という強い揺れをもたらしました。「マグニチュードが大きくないから安心」とは言えない、という典型例ですね。

プレートのスラブ内地震という見方

沈み込むプレート内部で起こるスラブ内地震を示す断面図解イラスト
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静岡地震の震源の深さやメカニズムには諸説あります。気象庁は深さを約10kmとし、陸の地殻内で発生した地震とする見方を示しています。一方で、震源の深さを27kmとし、沈み込んだフィリピン海プレートの内部で発生した「スラブ内地震」と考える研究もあります。余震はほとんど観測されず、地表に地震断層が現れたという報告もないという、少し珍しい特徴を持つ地震でした。(出典:気象庁 静岡地方気象台「静岡県の地震災害」

日本列島の地下では、複数のプレートが複雑にぶつかり、沈み込んでいます。地震がなぜプレートと深く関わるのか、その基本の仕組みは世界の地震とプレートの仕組みを解説した記事でわかりやすくまとめています。静岡地震のように「メカニズムがはっきり一つに定まらない地震」があることも、この国の地下の複雑さを物語っています。

静岡地震からおよそ30年後の1965年にも、静岡県で同程度の規模の地震が発生し、1935年と同様のメカニズムによるものと考えられています。同じような場所で、比較的近い間隔で地震が繰り返されることがある、という点も心に留めておきたいところです。

静岡地震から学べる防災の教訓

静岡地震は、現代の私たちにいくつもの教訓を残してくれています。

直下型は予兆なく突然襲う

直下型地震は、震源が近いぶん、強い揺れが「いきなり」やってきます。緊急地震速報があっても、揺れが来るまでの猶予が数秒、あるいはほとんど無いこともあります。だからこそ、揺れてから慌てるのではなく、揺れる前にできる備え——家具の固定、寝室に物を置かない、ガラスの飛散対策——が命を分けます。

2011年3月11日、私は福島でこの大きな揺れを経験しました。あのとき、家具を固定していた家庭と、そうでなかった家庭とでは、その後の安全や生活の立て直しに大きな差が生まれました。倒れてきた家具でケガをすれば、避難そのものができなくなります。地震対策の出発点は、いつも「家の中で死なない・ケガをしない」ことなのだと、身をもって感じています。

南海トラフ時代に備えを見直す

南海トラフ地震に向けた備えの見直しを促すイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

静岡は、南海トラフ地震や想定東海地震で大きな影響が懸念される地域です。静岡地震が示したように、同じ地震でも軟弱な地盤(川沿いや低地、埋立地など)では揺れが増幅し、被害が大きくなりやすい傾向があります。まずは自分の住む土地がどんな場所なのかを知ることが、現代版の「静岡地震の教訓」だと言えます。

防災士として、これまで法人300社以上の備蓄づくりをお手伝いしてきましたが、現場で痛感するのは「備えは知識ではなく行動でしか命を守れない」ということです。知っているだけでは、いざというとき体は動きません。だからこそ、今日この記事を読んだことを、小さな行動につなげてほしいと思います。

今日見直したい防災チェックリスト

今日見直したい防災チェックリストと備蓄品のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

静岡地震の教訓をふまえて、今日できる備えを確認しましょう。一つでも「できていない」があれば、それが今日のあなたの宿題です。

あなたの防災度チェック

  • 背の高い家具・家電を金具やつっぱり棒で固定している
  • 寝室や出入口の近くに、倒れて避難をふさぐ物を置いていない
  • 窓ガラスや食器棚に飛散防止フィルム・ストッパーをしている
  • 防災リュックが玄関など、すぐ持ち出せる場所にある
  • 家族で避難場所と連絡方法を話し合っている

防災リュックと家具固定を確認する

ハザードマップで避難場所と経路を確認するイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

直下型地震では、まず「揺れている数十秒を生き延びる」ことが最優先です。そのカギを握るのが家具の固定。そして揺れが収まった後に持ち出す防災リュックが、すぐ手に取れる場所にあるかどうかを確認してください。押し入れの奥にしまい込んでいては、いざというとき間に合いません。

水食料と携帯トイレを確認する

ライフラインが止まると、水・食料・トイレが一気に課題になります。最低でも3日分、できれば1週間分を目安に、家族の人数分を備えておきましょう。とくに見落とされがちなのが携帯トイレです。断水すると水洗トイレは使えなくなりますが、トイレは我慢できません。家族の人数×日数で必要回数を計算しておくと安心です。

ハザードマップと避難場所を確認する

静岡地震が教えてくれたのは「土地によって揺れ方が違う」ということ。自分の家がどんな地盤の上にあり、近くにどんなリスク(浸水・土砂災害など)があるのかは、ハザードマップで確認できます。あわせて避難場所と、家族との合流方法・連絡手段も決めておきましょう。ほかの日に起きた災害から学びたい方は、日付ごとに過去の災害を振り返る防災カレンダーもぜひのぞいてみてください。

静岡地震に関するよくある質問

Q. 静岡地震はいつ起きた地震ですか? A. 静岡地震は1935年(昭和10年)7月11日17時24分頃に、静岡県静岡市付近で発生したマグニチュード6.4の地震です。静岡市で震度6を観測しました。なお1965年にも同名の地震が発生しています。 Q. 静岡地震ではどのくらいの被害が出ましたか? A. 死者9名・負傷者229名で、全壊家屋は363戸にのぼりました。清水港では岸壁や倉庫が大破し、道路や鉄道にも被害が出ています。被害は有度山(日本平)周辺の地盤の弱い地域に集中したとされています。 Q. 静岡地震はなぜ起きたのですか? A. 震源の深さやメカニズムには諸説あり、陸の地殻内で発生したとする説と、沈み込んだフィリピン海プレート内で発生したスラブ内地震とする説があります。想定東海地震の震源域内で発生した直下型の地震とされています。 Q. 静岡地震から今の私たちは何を備えればよいですか? A. 直下型地震は予兆なく強い揺れが襲うため、家具の固定や寝室の安全確保がまず重要です。あわせて水・食料・携帯トイレの備蓄、防災リュックの準備、ハザードマップでの自宅周辺リスク確認をしておきましょう。

まとめ|静岡地震を今日の備えに変える

過去の静岡地震を今日の備えに変えることを象徴するイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

1935年7月11日の静岡地震は、M6.4という決して最大級ではない規模ながら、震度6の強い揺れと、地盤による被害の偏りという大切な教訓を残しました。直下型地震は突然襲い、立っている土地によって被害が大きく変わります。これは、南海トラフ地震が心配される現代にもそのまま当てはまります。

福島で東日本大震災を経験した防災士として、私が伝えたいのは「過去の災害を知ることが、次の命を守る」ということです。静岡地震を「昔の話」で終わらせず、今日の備えを見直すきっかけにしていただけたら嬉しいです。大切な人を守るために、まずはできることから始めていきましょう。

静岡地震が教えてくれた備え

静岡地震から私たちが学べることは、「知識と行動」が命を左右するという事実です。あなたの備えを、今日いちど確認してください。

過去の災害を振り返ると、強い揺れを生き延びた後、ライフラインが止まった数時間から数日をどう乗り切るかが非常に重要だとわかります。ライト・水・携帯トイレ・情報収集手段などをまとめて確認しておくことで、いざというときの初動が取りやすくなります。今日のチェックリストで不足が見つかった方は、防災リュックや家庭の備蓄を見直すきっかけにしてください。

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参考情報について

本記事は公的資料をもとに、過去の災害や防災に関する出来事を紹介しています。災害の記録は調査の進展や資料によって数値・表記が異なる場合があります。最新の正確な情報は、各省庁・自治体・関係機関の公式情報をご確認ください。

本記事は、特定の個人・地域・団体を批判するものではなく、過去の出来事から防災の教訓を学び、今日の備えにつなげることを目的としています。

数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

🛡️ 防災士監修記事

後藤 秀和(ごとう ひでかず)

防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役

2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得しHIH(Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

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この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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