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6月20日に起きた災害|明治東京地震から学ぶ防災カレンダー

6月20日に起きた明治東京地震をテーマにした、夜明け前の大地と地割れのイメージ

6月20日に起きた災害|明治東京地震から学ぶ防災カレンダー

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。

6月20日は、過去にどのような災害が起きた日なのでしょうか。

この記事では、1894年(明治27年)6月20日に発生した明治東京地震を入口に、その日に起きた災害を振り返り、そこから私たちが今日できる備えを防災士の視点で解説します。

過去の災害を知ることは、不安をあおるためではありません。同じ被害を繰り返さないために、今の暮らしを見直すきっかけにするためです。少し長くなりますが、最後の「今日できる防災チェック」までお付き合いいただけたらうれしいです。

目次

6月20日は何の日?明治東京地震の記録

ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

6月20日は、東京の真下を震源とする大きな地震が起きた日です。それが、これからお話しする明治東京地震ですね。まずは「どんな地震だったのか」から、ていねいに見ていきましょう。

明治東京地震とは

明治東京地震とは、1894年(明治27年)6月20日の午後に東京湾北部を震源として発生した、マグニチュード7.0と推定される都市直下型の地震のことです。東京の下町や横浜・川崎を中心に被害をもたらし、南関東で繰り返し起きてきた直下地震の一つに数えられています。

明治東京地震は、機械式の地震計による観測が始まったあとに起きた地震でもあります。1892年に設立された震災予防調査会によって詳しい被害調査が行われ、日本の地震研究の歴史のうえでも重要な地震とされています。

震源と震度・地震の規模

震源から揺れが地表へ広がる地震の規模を表した断面イメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

明治東京地震の震源は、現在の江東区あたりの直下、東京湾北部とされています。震源の深さは資料によって幅がありますが、おおむね約40〜80km(40〜60kmとする資料もあります)と推定されています。

地震の規模はマグニチュード7.0前後、最大震度は震度6相当の揺れが観測されたとみられています。ただし当時はまだ現在のような全国的な震度観測網が整っていなかった時代なので、これらの数値は後の研究による推定値であることを押さえておきたいところです。

そもそも「震度」と「マグニチュード」は何が違うのか、震度6とはどれくらいの揺れなのか。そのあたりがあいまいだと過去の地震もイメージしづらいので、基礎を整理したい方は地震の震度全10段階を解説した記事もあわせて読んでみてください。

かんたんに言うと、マグニチュードは「地震そのもののエネルギーの大きさ」、震度は「ある場所での揺れの強さ」を表します。同じマグニチュード7でも、震源が遠ければ震度は小さく、真下で起きれば震度は大きくなります。明治東京地震が大きな被害を出したのは、規模そのものよりも震源が都市の真下にあったことが大きいわけですね。

主な被害の状況

横揺れに弱いレンガ造り構造の特徴を象徴的に表したイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

この地震では、31人の方が犠牲になりました(東京で24人、横浜・川崎で7人とされています)。当時の東京は文明開化の真っただ中で、レンガ造りや石造りの近代的な建物が次々に建てられていた時期でした。

被害の特徴は、まさにそこにありました。死者の多くは、新しく建てられたレンガ造りの建造物の倒壊によるものだったと記録されています。とくにレンガ造りの煙突の破損や倒壊が目立ったため、この地震は当時「煙突地震」という別名でも呼ばれました。

当時お雇い外国人として日本にいた医師ベルツの日記にも、石造やレンガ造りの家屋の被害がひどく、木の骨組みの家屋の被害は比較的軽かったという趣旨の記録が残されています。同じ揺れでも建物の構造によって被害が大きく変わる、というのは現代にも通じる大切な視点ですね。

なぜレンガ造りが弱かったのか。少し理科の話をすると、レンガや石はぎゅっと押される力(圧縮)には強いのですが、横に揺さぶられて引っぱられる力(引張)にはとても弱い性質があります。当時のレンガ建築は、レンガとレンガを目地のモルタルで接着しているだけのものが多く、横揺れで継ぎ目から崩れてしまったのです。一方、木造の家は柱や梁がしなって揺れを「逃がす」ことができたため、被害が軽く済んだと考えられています。この経験は、のちに日本の耐震設計が発展していくきっかけの一つにもなりました。

6月20日に起きた他の災害

梅雨・出水期の大雨災害への注意を象徴する、垂れ込めた雨雲と川面のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

6月20日は明治東京地震が代表的ですが、日本の災害史を振り返ると、6月は梅雨入りや出水期と重なり、地震だけでなく豪雨災害にも注意が必要な時期です。過去にどんな地震がいつ起きてきたのかを年表でつかんでおくと、「今日」という一日の意味がより立体的に見えてきます。

実際、6月から7月にかけては前線の停滞による大雨が増え、土砂災害や河川の氾濫が起きやすくなります。「地震の備え」と「大雨の備え」はどちらも必要で、季節の変わり目こそ家庭の防災用品を点検する良いタイミングです。明治東京地震の日を、そうした見直しのきっかけにしていただくのもよいと思います。

日本でこれまでに起きた大きな地震の流れを知りたい方は、日本の大地震の歴史に学ぶ年表記事で全体像を確認してみてください。明治東京地震がどの位置づけにあるのかも見えてきます。

地震計が捉えた歴史的な一日

明治東京地震が防災の歴史のなかで特別なのは、近代的な地震観測と被害調査が機能し始めた時期の都市直下地震だったという点です。余震が少なかったことなど、当時の調査記録は現在の研究にも活かされています。

「昔の地震だから関係ない」と思われるかもしれません。でも、震源が東京湾北部・都市の直下という条件は、今まさに国が警戒を呼びかけている首都直下地震とよく似ています。130年前の記録は、決して過去だけの話ではないのです。

明治東京地震から学ぶ今日の備え

ここからは、明治東京地震という過去の出来事を、今日の私たちの備えにつなげていきましょう。キーワードは「直下型の揺れ」と「室内の安全」です。

直下型地震の揺れの特徴

先に届く小さな揺れと後から来る大きな揺れの伝わり方を表した図解イメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

明治東京地震のような直下型地震は、震源が浅く、自分の真下や近くで地面がずれることで起こります。海の沖合で起きる海溝型地震に比べて、揺れ始めてから強い揺れが来るまでの時間がとても短いのが特徴です。

地震の警報(緊急地震速報)は、最初に伝わる小さな揺れ(P波)をとらえて、あとから来る大きな揺れ(S波)の前に知らせるしくみです。ところが直下型では震源が近すぎて、速報が間に合わない、あるいはほぼ同時になってしまうことがあります。「揺れたら、その瞬間に身を守る」――これが直下型への基本姿勢になります。

P波は秒速約7km、S波は秒速約4kmで伝わると言われています。震源が遠ければこの速度差のおかげで数十秒の猶予が生まれますが、真下が震源だとその差がほとんど生まれません。だからこそ、速報を待つのではなく「グラッときたら、まず頭を守って机の下へ」という行動を、体が勝手に動くくらい習慣にしておくことが大切なのです。

なぜ南関東で直下型地震が繰り返し起きるのか。その背景には、この地域の地下で複数のプレートが複雑に重なり合っている事情があります。仕組みを知りたい方は日本列島と4つのプレートの秘密を解説した記事もどうぞ。

都市直下で怖い同時多発火災

通電火災を防ぐためブレーカーを意識することを象徴した室内のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

明治東京地震は火災の被害が前面に出た地震ではありませんでしたが、都市の直下で大地震が起きたときに本当に怖いのは、揺れそのものよりもそのあとに起きる火災です。1923年の関東大震災では、木造密集地帯に広がった火災が多くの命を奪いました。

地震のあとは、ガス漏れや電気のショートから火が出ることがあります。揺れがおさまったら、無理のない範囲で火の始末を確認し、避難の前にはブレーカーを落とす習慣をつけておきましょう。停電から復旧したときに通電火災が起きるのを防ぐためです。

家具固定と室内の安全対策

背の高い家具を壁に固定するなど室内の安全対策をする家庭のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

明治東京地震では建物の倒壊が被害の中心でしたが、現代の住宅は耐震基準が大きく進歩しています。そのぶん、いま私たちが向き合うべきリスクは室内にある家具の転倒・落下に移ってきました。

内閣府の資料によると、近年の大きな地震ではけがの原因の約3〜5割が家具類の転倒・落下によるものだったとされています(出典:内閣府防災情報のページ『特集 家族で防災』)。「大地震では家具は必ず倒れるもの」と考えて、対策しておくことが大切ですね。

室内の安全対策のポイント
・背の高い家具はL型金具や突っ張り棒で壁に固定する
・本など重いものは下の段に置き、家具の重心を低くする
・寝る場所の近くに倒れてくる家具を置かない
・出入口をふさぐ位置に家具を置かない
・窓ガラスや食器棚のガラスには飛散防止フィルムを貼る

2011年3月11日、私は福島でこの揺れを経験しました。あのとき、家のなかでどれだけ「安全な空間」を確保できていたかが、その後の安心感を大きく左右したと感じています。家具の固定は地味な作業ですが、いちばん効果が確かな備えの一つです。

今日見直したい防災チェック

水・保存食・ライト・携帯トイレなど家庭の備蓄を確認するイメージ
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過去の災害を振り返ると、発災直後の数時間から数日をどう乗り切るかが非常に重要です。公的な救助が本格的に動き出すのは、地震発生からおよそ72時間後と言われています。その間を自分の力で乗り切るために、今日できることを確認しておきましょう。

確認項目チェックの目安
家具の固定背の高い家具・テレビが固定されているか
明かり懐中電灯・ヘッドライトがすぐ使えるか
電源モバイルバッテリーは充電されているか
水・食料最低3日分、できれば1週間分あるか
携帯トイレ家族の人数×日数分そろっているか
避難避難場所と家族の連絡方法を共有しているか

ライト・水・携帯トイレ・情報収集の手段などをまとめて確認しておくことで、いざという時の初動が取りやすくなります。まだ備えが十分でない方は、防災リュックや家庭用の備蓄を一度見直してみてください。

まとめ|明治東京地震が教える備え

玄関の防災リュックのそばで家族が避難について話し合うイメージ
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明治東京地震は、東京の直下で起きた130年前の地震ですが、その教訓は今もまったく色あせていません。明治東京地震が教えてくれるのは、「都市の真下で大地震は起こりうる」という事実と、「建物と室内の安全が命を分ける」という現実です。

福島で東日本大震災を経験した防災士として、過去の災害は遠い昔の話ではないと感じています。今日の備えを見直すきっかけにしていただけたら、それがいちばんの供養であり、未来への備えになります。大切な人を守るために、まずはできることから始めていきましょう。

明治東京地震が教えてくれた備え

玄関にすぐ持ち出せるよう用意された防災リュックのイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

明治東京地震から私たちが学べることは、「知識と行動」が命を左右するという事実です。あなたの備えを今すぐ確認してください。

あなたの防災度チェック
□ 背の高い家具やテレビを壁に固定している
□ 揺れたらすぐ身を守る行動を家族で共有している
□ 通電火災を防ぐため避難時にブレーカーを落とす習慣がある
□ 持ち出し袋が玄関にすぐ持って出られる状態にある
□ 家族全員で避難場所・連絡方法を確認している

明治東京地震の教訓は「逃げる準備は、逃げる前に整える」ことを示しています。HIHの防災リュックは、その「準備」をすぐ始められるように設計されています。

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よくある質問

Q. 明治東京地震はいつ、どこで起きたのですか?

1894年(明治27年)6月20日の午後、東京湾北部(現在の江東区あたりの直下)を震源として発生しました。マグニチュードは7.0前後と推定される都市直下型の地震です。

Q. 明治東京地震が「煙突地震」と呼ばれるのはなぜですか?

当時の東京には文明開化で増えたレンガ造りの煙突が多く、この地震でその破損や倒壊が目立ったためです。死者の多くもレンガ造り建造物の倒壊によるものだったと記録されています。

Q. 明治東京地震の被害はどのくらいでしたか?

31人の方が犠牲になったとされています(東京で24人、横浜・川崎で7人)。被害の中心はレンガ造り・石造りの近代建築の倒壊で、木造家屋の被害は比較的軽かったと記録されています。

Q. 明治東京地震の教訓を今日に活かすには何をすればよいですか?

まずは家具の固定と室内の安全確保です。近年の地震ではけがの原因の約3〜5割が家具の転倒・落下によるものとされています。あわせて水・食料・携帯トイレを最低3日分備え、家族で避難場所を共有しておきましょう。

参考情報について
本記事は公的資料をもとに、過去の災害や防災に関する出来事を紹介しています。災害の記録は調査の進展や資料によって数値・表記が異なる場合があります。最新の正確な情報は、各省庁・自治体・関係機関の公式情報をご確認ください。
本記事は、特定の個人・地域・団体を批判するものではなく、過去の出来事から防災の教訓を学び、今日の備えにつなげることを目的としています。
数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

🛡️ 防災士監修記事

後藤 秀和(ごとう ひでかず)

防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役

2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得しHIH(Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

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この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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