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9月26日に起きた災害|2003年十勝沖地震の教訓【保存版】

夜明け前の海を背景に、窓辺のグラスの水が大きく揺れる様子で2003年十勝沖地震を表したイメージ

9月26日に起きた災害|2003年十勝沖地震の教訓【保存版】

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。

9月26日は、過去にどのような災害が起きた日なのでしょうか。

この記事では、9月26日に起きた主な災害を振り返りながら、2003年の十勝沖地震を中心に、私たちが今日できる備えを防災士の視点で解説します。

過去の災害を知ることは、不安をあおるためではありません。同じ被害を繰り返さないために、今の暮らしを見直すきっかけにするためです。

2003年十勝沖地震は、揺れがおさまった後の「津波」と、遠くまで届く「ゆっくりした揺れ」への備えの大切さを教えてくれた地震です。

この記事でわかること

  • 9月26日に起きた主な災害(2003年十勝沖地震・洞爺丸台風・伊勢湾台風など)
  • 2003年十勝沖地震の発生時刻・震度・津波などの概要
  • 震源から約250km離れた苫小牧で石油タンク火災が起きた理由(長周期地震動とスロッシング)
  • この地震から学べる3つの教訓と、今日見直したい防災チェックリスト
目次

9月26日は何の日?2003年十勝沖地震の日

夜明け前の海の水平線に地震の揺れを表す光の線が走るイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

2003年十勝沖地震(平成15年十勝沖地震)とは、2003年9月26日4時50分に北海道の十勝沖で発生した、マグニチュード8.0の海溝型地震です。

9月26日は、この十勝沖地震のほかにも、昭和の大きな台風災害が重なった日として知られています。まずは「9月26日は何の日か」を全体から見ていきましょう。

平成15年十勝沖地震とは

2003年の十勝沖地震は、北海道の襟裳岬の東南東沖を震源として、まだ多くの人が眠っている早朝4時50分に発生しました。

同じ場所の近くでは、1952年にもマグニチュード8.2の「十勝沖地震」が起きていました。そのため気象庁は、この地震を「平成15年(2003年)十勝沖地震」と名付けています。検索すると1952年・1968年・2003年の十勝沖地震が混ざって出てくるのは、同じ名前の地震が何度も起きているからなんですね。

地震のタイプは、海のプレート(太平洋プレート)が北海道の乗る陸のプレートの下へ沈み込む「千島海溝」で起きたプレート間地震です。沈み込みで少しずつたまったひずみが、限界を超えて一気にずれ動いたと考えられています。

地震が起きたのは、国の地震調査研究推進本部が2003年3月に「十勝沖で30年以内にM8クラスの地震が起きる確率は60%程度」と公表していた領域で起きたとされています。発表から約半年後のことでした。「30年以内」という数字は、「30年後」ではなく「明日かもしれない」という意味でもある——そう実感させられる出来事です。

洞爺丸台風と伊勢湾台風も9月26日

夕日に照らされた大きな台風の渦を宇宙から見下ろしたイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

9月26日は、地震だけでなく台風災害の記憶が重なる日でもあります。特に昭和の時代には、同じ9月26日に大きな台風が相次いで日本を襲いました。

出来事主な特徴学べる教訓
1954年洞爺丸台風函館港付近で青函連絡船「洞爺丸」などが遭難。全国で死者・行方不明者は1,700人を超えたとされる風が一時やんでも、台風が過ぎたとは限らない
1958年狩野川台風伊豆半島などに記録的な大雨をもたらし、川の氾濫による被害が出た川の近くでは早めの避難判断を
1959年伊勢湾台風高潮で東海地方を中心に甚大な被害。死者・行方不明者は5,000人を超えた災害対策基本法が生まれるきっかけに
2003年十勝沖地震早朝の海溝型地震。津波と長周期地震動による被害揺れの後の危険まで想定して備える

洞爺丸台風では、函館で一時的に風がおさまったことから、台風が通り過ぎたと判断して出航した連絡船が、その後の猛烈な吹き返しの風を受けたと記録されています。「風がやんだ=安全」とは限らないことが、大切な教訓として残りました。

また伊勢湾台風は、日本の防災の仕組みを大きく変えた台風です。高潮と地形の関係については、伊勢湾台風の被害が大きかった理由と高潮の教訓で詳しく解説していますので、あわせて読んでみてください。

過去の十勝沖地震と繰り返す歴史

海のプレートが沈み込む境界で地震が繰り返し起きる様子を光で表したイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

十勝沖地震は「一度きりの出来事」ではありません。記録に残っているだけでも、同じ海域でマグニチュード8クラスの地震が繰り返し起きています。

発生年規模特徴
1843年M8.0根室沖と連動した可能性があるとされる
1952年(3月4日)M8.2北海道を中心に揺れと津波の被害。2003年とほぼ同じ震源域とされる
1968年(5月16日)M7.9「十勝沖地震」の名だが、震源域は三陸沖北部に分類される。青森県で被害が大きかった
2003年(9月26日)M8.0最大震度6弱。津波と、苫小牧の石油タンク火災が大きな教訓に

地震本部の評価では、1952年と2003年の地震はどちらも太平洋沿岸で最大震度6(2003年は6弱)の揺れを伴い、よく似た地震だったとされています。一方で津波の高さは、釧路より東側では1952年の方が高かったとされており、同じ場所の地震でも毎回まったく同じ被害になるわけではありません。

だからこそ、「前回はこうだったから大丈夫」ではなく、繰り返し起きる場所だからこそ、毎回新しい気持ちで備えることが大切なのかなと思います。

2003年十勝沖地震の概要と被害

ここからは、2003年十勝沖地震そのものについて、発生の状況と被害を公的資料をもとに整理していきます。

十勝沖地震はいつどこで起きたか

夜明け前の沖合から揺れが同心円状に広がる様子を上空から見たイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

地震が発生したのは、2003年9月26日(金)の午前4時50分です。震源は襟裳岬の東南東沖約80km、深さは約40km台とされています(資料により42km・45kmと表記が異なります)。

揺れは北海道だけでなく、東北から関東甲信越地方の広い範囲で観測されました。震源から約800km離れた神奈川県の横浜市や川崎市でも、震度1〜2を記録したとされています。マグニチュード8クラスの地震が、どれほど広い範囲を揺らすかがわかりますね。

地震の概要・被害・津波・石油タンク火災については、気象庁が20年の節目にわかりやすくまとめたページがあります。一次情報として確認しておくと安心です(出典:気象庁 札幌管区気象台『平成15年(2003年)十勝沖地震』)。

各地の震度と津波の被害

河口から川をさかのぼる津波の白い波を上空から見たイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

震度6弱を観測したのは、幕別町・釧路町・新冠町・浦河町・静内町・鹿追町・豊頃町・忠類村・厚岸町の9町村です。主な都市では、帯広市と釧路市で震度5強、北見市と苫小牧市で震度5弱、札幌市などで震度4を記録しました。

被害は北海道を中心に、負傷者849人、住宅の全壊116棟、半壊368棟、一部破損1,580棟にのぼりました(消防庁の確定報による)。

さらに、北海道から東北地方の太平洋沿岸には津波が到達しました。検潮所で観測された津波の高さは十勝港で255cm、現地調査では4mを超える高さまで津波が駆け上がっていたことが確認されています。十勝川では、津波が川を10km以上もさかのぼる現象も起きました。

この津波により、十勝川の河口付近で釣りをしていた男性2名が波にさらわれました。気象庁の資料では1名が亡くなり1名が行方不明とされていますが、2名とも行方不明とする資料もあり、記録によって表記に差があります。

津波は海岸だけの危険ではありません。河口から川をさかのぼり、海から離れた場所まで届くことがあります。川沿いにお住まいの方や、釣り・散歩で河口付近に行く方は、この点をぜひ覚えておいてください。

2003年十勝沖地震の石油タンク火災

2003年十勝沖地震の大きな特徴が、震源から約250km離れた苫小牧市で起きた石油タンクの火災です。苫小牧市の震度は5弱。決して「震度6や7の激しい揺れ」ではなかった場所で、なぜ大きな火災が起きたのでしょうか。ここからは少し「防災理科」の話をさせてください。

長周期地震動とスロッシングの仕組み

円筒容器の中の液体がゆっくりした揺れと共振して大きく波打つ仕組みのイメージ
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地震の揺れには、「ガタガタ」と速く細かく揺れる短い周期の揺れと、「ユラーッ、ユラーッ」とゆっくり大きく揺れる長い周期の揺れがあります。周期とは、揺れが1往復するのにかかる時間のことです。

マグニチュード8クラスの大きな地震では、周期が数秒から十数秒もある長周期地震動が生まれます。この揺れには、次のような性質があります。

  • 距離が離れても弱まりにくく、数百km先まで届く
  • 平野などの柔らかい堆積層で、さらに大きく増幅される
  • 同じくらいの周期で揺れやすい建物や設備と「共振」する

大型の石油タンクは、中の液体が数秒から十数秒の周期で揺れやすい性質を持っています。そこへ同じような周期の長周期地震動が届くと、タンクの中の石油が大きく波打ちます。これがスロッシング(液面揺動)です。

防災理科ポイント:コップの水で考えてみよう

水の入ったコップを、ゆっくり左右に動かしてみてください。あるリズムで動かしたときだけ、水面が大きく揺れて、こぼれそうになりますよね。これが共振です。巨大な石油タンクの中でも、同じことが起きていたわけです。

苫小牧のタンクの多くは、液面に屋根を浮かべる「浮き屋根式」でした。スロッシングによって浮き屋根が大きく揺れ、その揺れ幅は最大で3mに達したとされています(消防庁 消防研究センターの資料による)。

地震直後には原油タンクで火災が起き、約7時間後に鎮火しました。さらに地震の2日後、別のナフサタンクで壊れた浮き屋根が沈み、むき出しになった液面に火がつく全面火災が発生します。この火災は、鎮火までに約44時間かかったとされています(消防庁の資料による)。

家庭で考えると、長周期地震動は高層マンションの上の階ほど揺れが大きく、長く続きやすいという特徴があります。キャスター付きの家具が部屋の中を大きく動いたり、固定していない家具が倒れたりする危険もあります。仕組みや階級の見方は、長周期地震動の仕組みと高層ビルへの影響でさらに詳しくまとめています。

タンク火災の後に進んだ対策

朝の光の中で貯蔵タンク群が安全の光に守られている様子のイメージ
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苫小牧では、当時の技術基準で想定していたレベルを大きく上回る長周期地震動が観測されたとされています(地震本部の資料による)。この経験を受けて、国の対策が見直されました。

見直しの内容ポイント
石油タンクの技術基準の強化(平成17年)長周期地震動を想定した浮き屋根の強度基準を整備し、液面の揺れに対する設計の基準を引き上げた
石油コンビナートの防災体制の強化(平成17年度)広い地域で協力する防災組織を整え、大容量の泡を放射できる消火システムの配備を義務付けた
長周期地震動への注目この地震以降、長周期地震動への注目が高まり、研究が進んだとされる

「想定を超えた揺れ」が起きたとき、その経験をもとに次の想定を引き上げていく。この流れは、防災のすべてに共通しています。家庭の備えも同じで、一度そろえたら終わりではなく、新しい知識が入ったら更新していくことが大切なんですね。

2003年十勝沖地震から学ぶ3つの教訓

ここまでの事実を踏まえて、2003年十勝沖地震から私たちが学べることを3つに整理します。

2003年十勝沖地震の3つの教訓

  1. 地震は寝ている時間にも起きる。寝室の安全が命を守る
  2. 強い揺れや長い揺れを感じたら、海や川からすぐ離れる
  3. 千島海溝では今後も大きな地震が想定されている。公的な情報で備えを続ける

早朝の地震に備える寝室の安全

夜明け前の寝室で枕元の懐中電灯を手に取る様子のイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

2003年十勝沖地震が起きたのは午前4時50分。9月下旬の北海道では、日の出前の薄暗い時間帯です。多くの人が布団の中で揺れに襲われました。

寝ているときの地震で怖いのは、身動きがとれないまま、倒れてくる家具や落ちてくる物にさらされることです。暗くて足元が見えず、割れたガラスや食器でケガをする危険もあります。

  • 寝室には背の高い家具を置かない、置く場合は必ず固定する
  • ベッドや布団の上に物が落ちてこない配置にする
  • 枕元に懐中電灯・スリッパ(靴)・メガネをまとめて置く
  • 揺れを感じたら、布団や枕で頭を守る

2011年3月11日、私は福島で東日本大震災を経験しました。あの日を経験したからこそ、「揺れた瞬間に、すぐ身を守れる環境」があるかどうかで、その後の行動が大きく変わると感じています。寝室は、一日の中で最も長く無防備な時間を過ごす場所です。まずはここから見直してみてください。

津波から命を守る早めの避難

防災リュックを背負った家族が海から離れて高台へ向かうイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

2003年の地震では、津波が海岸だけでなく十勝川をさかのぼりました。海や川の近くにいるときに強い揺れを感じたら、津波警報を待たずに、すぐに高い場所へ移動することが基本です。

気象庁も、津波警報を見聞きした場合だけでなく、警報が出ていなくても強い揺れや長く続く揺れを感じたら、すぐに安全な場所へ避難するよう呼びかけています。

津波は一度で終わるとは限らず、2回目、3回目の波の方が高くなることもあります。警報や注意報が解除されるまで、海や川に近づかないようにしましょう。

すぐに避難するためには、持ち出す物を迷わない状態にしておくことが欠かせません。避難に必要な物を、玄関など持ち出しやすい場所にまとめておくと、いざというときの一歩が早くなります。

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千島海溝で想定される今後の地震

十勝沖を含む千島海溝沿いでは、今後も大きな地震が起きると想定されています。国の地震調査研究推進本部は、千島海溝沿いの地震活動について長期評価を行っており、東日本大震災クラスの「超巨大地震」(M8.8程度以上)についても、発生の可能性が「高い」ランクに評価しています。評価は定期的に更新されるため、最新の数値は地震本部の公式情報で確認するようにしてください。

内閣府の「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震」の被害想定では、避難を始めるまでに時間がかかり、積雪で移動が難しい「冬の深夜」が、最も被害が大きくなるケースとされています。津波から逃れた後も、寒さの中で低体温症になるリスクがあることが指摘されています。

一方で、避難意識を高めて早めの避難を徹底すれば、津波による犠牲を大幅に減らせるとされています(地震本部の解説による)。つまり、備えと行動しだいで、被害は小さくできるということです。

また、千島海溝・日本海溝沿いでマグニチュード7.0以上の地震が起きたときには、続けて巨大地震が起きる可能性に注意を呼びかける情報が発表される仕組みがあります。発表されたときの行動は、北海道・三陸沖後発地震注意情報の発表条件と正しい備えで解説しています。

十勝沖地震について調べると、「予言」や「地震雲」といった話題が目に入ることがあります。しかし、現在の科学では地震の日時や場所を正確に予知することはできないとされています。SNSの噂ではなく、気象庁や地震本部などの公的な情報をもとに備えることが、いちばん確かな方法です。

9月26日に見直す2003年十勝沖地震の備え

「そうだったんだ」で終わらせず、今日できる小さな行動につなげていきましょう。9月26日をきっかけに、次の項目をチェックしてみてください。

防災リュックと寝室の備えを点検

玄関で親子が防災リュックの中身を一緒に確認しているイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

今日の防災チェックリスト

  • 寝室に倒れてきそうな家具がないか確認し、あれば固定する
  • 枕元に懐中電灯・スリッパ・メガネを置いている
  • 防災リュックが玄関など持ち出しやすい場所にある
  • リュックの中の水・食料・電池の期限を確認した
  • モバイルバッテリーを充電してある
  • ハザードマップで自宅周辺の津波・浸水リスクと避難場所を確認した
  • 家族と、地震が起きたときの集合場所と連絡方法を話し合った
  • 寒い季節に備えて、防寒具やアルミシートを用意している

防災リュックは、中身を詰め込みすぎると避難のときに背負えなくなってしまいます。一般的には男性15kg・女性10kgが目安と言われますが、HIHでは男性10kg以下・女性7kg以下、できれば男性8kg以下・女性5kg以下をおすすめしています。

そして2003年十勝沖地震のように、寝ている時間に大きな揺れが来ることもあります。暗い中で物が落ちてくる状況を考えると、すぐに手が届く場所で頭を守れる備えがあると安心です。寝室や玄関に置いておける防災用品として、頭部を守るボウメット付き防災セットの詳細も参考にしてみてください。

2003年十勝沖地震を今日の備えに

9月26日は、2003年十勝沖地震、そして洞爺丸台風や伊勢湾台風の記憶が重なる日です。

2003年十勝沖地震が教えてくれたのは、揺れがおさまった後にも危険は続くということでした。川をさかのぼる津波、震源から遠く離れた場所で起きた石油タンクの火災。どちらも、「揺れの強さ」だけでは測れない危険です。

福島で東日本大震災を経験した防災士として、この教訓の重さを感じます。過去の災害は、遠い昔の話ではありません。今日、防災リュックの中身を確認する。寝室の家具を見直す。家族と避難場所を話す。そんな小さな一歩が、大切な人を守る力になります。

過去の記録を、今日の備えに変えていきましょう。

数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

よくある質問

Q. 2003年の十勝沖地震は、いつどこで起きましたか?

A. 2003年9月26日の午前4時50分に、北海道の襟裳岬の東南東沖約80kmを震源として発生しました。規模はマグニチュード8.0で、千島海溝で起きたプレート間地震です。

Q. 2003年の十勝沖地震の最大震度はいくつですか?

A. 最大震度は6弱で、幕別町・釧路町・浦河町など北海道の9町村で観測されました。帯広市と釧路市では震度5強、苫小牧市では震度5弱を記録しています。

Q. 2003年の十勝沖地震で、石油タンク火災が起きたのはなぜですか?

A. 周期の長いゆっくりした揺れ(長周期地震動)が約250km離れた苫小牧まで届き、タンク内の石油が大きく揺れるスロッシングが起きたためとされています。浮き屋根が壊れて沈み、火災につながりました。

Q. 2003年の十勝沖地震から学べる備えは何ですか?

A. 寝室の家具固定など就寝中の安全対策、強い揺れを感じたら海や川から離れる早めの避難、公的な情報をもとにした継続的な備えの3つです。防災リュックを持ち出しやすい場所に置いておくことも大切です。

Q. 2003年の十勝沖地震のような地震は、今後も起きますか?

A. 十勝沖では1843年・1952年・2003年とマグニチュード8クラスの地震が繰り返し起きており、地震本部は千島海溝沿いで今後も大きな地震が起きると評価しています。地震の日時を予知することはできないため、予言などの噂ではなく、気象庁や地震本部の公的な情報をもとに備えを続けることが大切です。


参考情報について

本記事は公的資料をもとに、過去の災害や防災に関する出来事を紹介しています。災害の記録は調査の進展や資料によって数値・表記が異なる場合があります。最新の正確な情報は、各省庁・自治体・関係機関の公式情報をご確認ください。

本記事は、特定の個人・地域・団体を批判するものではなく、過去の出来事から防災の教訓を学び、今日の備えにつなげることを目的としています。

🛡️ 防災士監修記事

後藤 秀和(ごとう ひでかず)

防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役

2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得し、防災ブランド HIH(エイチアイエイチ/Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

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この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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