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10月23日に起きた新潟県中越地震の教訓と備え【保存版】

10月23日に起きた新潟県中越地震の教訓と備えを伝える防災カレンダーのイラスト

10月23日に起きた新潟県中越地震の教訓と備え【保存版】

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。

10月23日は、過去にどのような災害が起きた日なのでしょうか。この記事では、2004年(平成16年)10月23日に発生した新潟県中越地震を振り返り、そこから私たちが今日できる備えを防災士の視点で解説します。

10月23日は新潟県中越地震が発生した日で、山間部の被害と車中泊避難から、今日見直したい備えがわかります。

過去の災害を知ることは、不安をあおるためではありません。同じ被害を繰り返さないために、今の暮らしを見直すきっかけにするためです。この地震で犠牲になった方々に哀悼の意を表し、被災された皆さまの歩みに敬意を込めて振り返ります。

この記事でわかること

  • 新潟県中越地震の発生日時・震源・最大震度などの基本データ
  • 土砂崩れによる孤立集落や新幹線の脱線など、被害の特徴
  • 直下型地震のしくみと、津波が発生しなかった理由
  • 車中泊避難などの教訓と、今日できる防災チェックリスト
目次

10月23日に起きた新潟県中越地震とは

10月23日に起きた新潟県中越地震を振り返るカレンダーと日本地図のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

新潟県中越地震とは、2004年10月23日に新潟県中越地方で発生したマグニチュード6.8の直下型地震で、震度計による観測で初めて震度7を記録した地震です。

気象庁が命名した正式名称は「平成16年(2004年)新潟県中越地震」です。新潟県では「中越大震災」と呼ばれることもあります。発生から20年以上が過ぎました。まずは基本データを整理しておきます。

項目内容
発生日時2004年(平成16年)10月23日(土)17時56分頃
震央新潟県中越地方(深さ約13km)
規模マグニチュード6.8
最大震度震度7(川口町・現在の長岡市)
津波津波の心配なし(内陸で発生)
人的被害死者68人(うち災害関連死52人)、負傷者 約4,800人
住家被害全壊3,175棟、半壊13,810棟、一部損壊 約10.5万棟
避難者数ピーク時 103,178人

※数値は新潟県・内閣府・気象庁の公表資料にもとづく、最終的な集計値の目安です。

発生日時と震源地とマグニチュード

2004年10月23日は土曜日でした。17時56分頃、新潟県中越地方の深さ約13kmを震源とするマグニチュード6.8の地震が発生しました。震源地は山あいの内陸部で、震源が浅い直下型の地震だったことが、強い揺れにつながったとされています。

発生したのは秋の夕暮れ時でした。内閣府の資料にも、地震の直後からすぐに暗闇が被災地を包んだと記されています。ここは、私にとって他人事とは思えない部分です。2011年3月11日に福島で被災した私は、停電の夜に、まともな懐中電灯もランタンもなく、子どもの顔がはっきり見えないだけで心の余裕が削られていくのを痛感しました。明かりがないというだけで、不安は何倍にも大きくなります。

最大震度7と各地の震度

新潟県中越地震の震度の広がりを同心円で表したイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

最大震度7を観測したのは、新潟県の川口町(現在は長岡市)です。震度6強は小千谷市・山古志村・小国町(いずれも当時の自治体名)、震度6弱は十日町市や長岡市などで観測されました。

震度7は、気象庁が1949年に震度階級へ加えて以来、2度目の観測でした。1995年の兵庫県南部地震の震度7は現地調査による判定でしたので、震度計で計測した震度7は、この中越地震が初めてです。

揺れは広い範囲に及び、福島県でも会津地方の只見町・西会津町・柳津町で震度5弱が観測されています。東北地方から近畿地方にかけて、広い範囲で揺れが記録されました。福島で暮らす私たちにとっても、決して遠い土地の話ではないかなと思います。

本震から続いた強い余震

新潟県中越地震の本震と余震を表す地震計の波形
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

この地震の大きな特徴は、本震のあとも強い余震が続いたことです。本震と、震度6弱以上を観測した余震を整理すると、次のとおりです。

発生日時規模最大震度
10月23日 17時56分頃(本震)M6.8震度7
10月23日 18時11分頃M6.0震度6強
10月23日 18時34分頃M6.5震度6強
10月23日 19時45分頃M5.7震度6弱
10月27日 10時40分頃M6.1震度6弱

震度1以上の有感地震は、12月下旬までに約880回に達しました。10月23日18時34分に起きた最大余震(M6.5)では、川口町で2,515ガルの加速度が観測され、当時の強震観測史上最大の値でした。ガルは揺れの加速度を表す単位です。余震が続いたことで、建物や斜面の被害が広がった面もあったとされています。

被害の特徴と生活への影響

この地震は、都市部が大きな被害を受けた阪神・淡路大震災と違い、中山間地域と豪雪地帯を襲った地震でした。内閣府の白書も、被害の様相が異なり、地域の特性に応じた対策が求められたと整理しています。

内閣府の広報では、68人の方が犠牲になり、負傷者は4,805人、住家の全壊は3,175棟、ピーク時の避難者は10万人に達したと紹介されています(出典:内閣府『広報ぼうさい』令和6年 第111号)。

被害は揺れそのものだけではありませんでした。ライフラインでは、停電が約30万戸、新潟県内の都市ガスの供給停止が約5万6,000戸、断水が約13万戸に及びました。関越自動車道や国道17号でも、段差や土砂崩れによる通行止めが相次ぎました。

山間部の土砂崩れと孤立集落

山あいの集落へ支援物資を運ぶヘリコプターを描いた孤立集落のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

中越地震で特に大きな課題になったのが、山間部の土砂崩れと、それに伴う集落の孤立です。内閣府の白書によると、土石流が4件、地すべりが131件、がけ崩れが90件発生しました。

山古志村を中心とする芋川流域では、崩れた土砂が川をせき止める河道閉塞が大規模なものだけで5か所発生しました。木籠(こごも)集落は水没し、楢木(ならのき)集落も浸水しました。内閣府の広報では、7市町村の61集落で外部に通じる道路がすべて寸断され、1,938世帯が孤立したと紹介されています。山古志村は5地区14集落のすべてが孤立し、ヘリコプターによる救助や避難が行われました。

山古志村では、地震の2日後にあたる10月25日に全村避難が行われ、2,000人を超える村民がヘリコプターで長岡市内の避難所へ向かいました。避難指示がすべて解除されたのは2007年4月で、約2年半にわたる長い避難生活になりました。

孤立した集落では、救助の手が届くまで、自分たちで過ごす時間が生まれます。「届くまで持ちこたえる備え」が必要だということを、この災害は教えてくれています。

上越新幹線の脱線と交通の寸断

夕暮れの高架線路に停止した列車と赤い信号を描いた交通寸断のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

上越新幹線では、浦佐駅と長岡駅の間を時速約200kmで走行していた「とき325号」が脱線しました。営業運転中の新幹線が脱線したのは、1964年の東海道新幹線の開業以来、初めてのことでした。乗員乗客154人に、死傷者は出ませんでした。10両編成のうち8両が脱線したと報告されています。

JR東日本の調査では、脱線は構造物の損傷や沈下が原因ではなく、地震の揺れによって起きたと推定されています。JR東日本では、阪神・淡路大震災などを教訓に、高架橋柱の耐震補強を進めていました。地震が発生した時点で、補強の対象となる新幹線の高架橋柱約18,500本のうち、約44%の補強が完了していました。その後、2005年9月末までに約89%まで進んでいます。災害の経験が、次の備えにつながった例ですね。

内閣府の白書では、上越新幹線や在来線は12月28日に運転が再開されるまで、長期間の運転中止が続いたと整理されています。道路も鉄道も止まった状況で、私たちは何を頼りに過ごせばよいのか。そこを考えることが、今日の備えにつながります。

直下型地震のしくみを防災理科で学ぶ

地震には、起きる場所や原因によっていくつかのタイプがあります。中越地震は、陸地の浅いところで起きる「直下型地震」でした。ここからは、防災理科の目線で、そのしくみをやさしく見ていきます。

断層と地震のタイプの違い

逆断層型の地震が起きるしくみを表した地層の断面図のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

地震は、地下の岩盤にたまったひずみが限界を超え、断層という岩盤の割れ目に沿って急にずれることで起こります。中越地震の本震は、地震調査委員会の評価で「逆断層型」とされました。北西−南東の方向から押される力がかかり、断層を境に片側がもう一方へ乗り上げるようにずれるタイプです。余震の震源は、北北東−南南西の方向に約30kmの範囲に分布していました。

大地は、地震のたびに実際に動きます。国土交通省の資料では、震源に近い小千谷市で、地面が約24cm隆起したとされています。また、10月27日のM6.1の余震は、本震の断層とほぼ直交する「共役断層」と呼ばれる別の断層が動いたと推定されています。余震は、いつも本震と同じ場所で起きるとは限らないんですね。

この地震は内陸の浅い地震で、地震調査委員会は、既知の活断層との対応は不明としています。消防庁の資料も、原因となった活断層は事前に知られていなかったとし、全国各地での地震対策の必要性に触れています。内陸の断層がもたらした震度7の近年の例として、日奈久断層帯が10年で震度7を3回起こした理由もあわせて読むと、直下型地震のイメージがつかみやすくなります。

地震のタイプの違い(目安)

タイプ代表例津波緊急地震速報の余裕
内陸の浅い地震(直下型)2004年 新潟県中越地震発生しなかった震源に近いと間に合いにくい
沿岸に近い浅い海域の地震2007年 新潟県中越沖地震弱い津波を観測震源に近い地域では間に合いにくい
プレート境界の地震(海溝型)2011年 東日本大震災大津波が発生震源から離れた地域ほど余裕が生まれやすい

※目安であり、個々の地震によって異なります。

気象庁は、内陸の浅い場所で地震が起きた場合、震源に近い地域では緊急地震速報が強い揺れに間に合わないことがあると説明しています。中越地震が起きた2004年当時は、まだ試験提供の段階でした。直下型では速報が間に合いにくい分、「揺れを感じたらまず身を守る」「家具を固定しておく」といった日頃の備えが大切になります。

津波が発生しなかった理由

津波は、海底が大きく上下に動いて海水が持ち上げられることで起こります。中越地震は震源が内陸にあり、気象庁の調べでも津波の心配はないとされました。海の下で大きな地殻変動が起きなかったため、津波は発生しなかったと考えられます。

一方、2007年7月16日に起きた新潟県中越沖地震は、沿岸に近い海域で発生し、柏崎や小木で高さ0.2〜0.3mの弱い津波が観測されました。名前は似ていますが、場所も被害の特徴も異なる別の地震です。地震調査委員会は、中越地震が中越沖地震を誘発したものではないと思われるとしています。くわしくは7月16日に起きた新潟県中越沖地震の教訓と備えをご覧ください。

新潟県中越地震から学ぶ避難の教訓

中越地震では、揺れが収まったあとの「避難生活」で命と健康を守ることの難しさが、大きな教訓として残りました。

車中泊とエコノミークラス症候群

夜の車中泊避難で毛布や水、足を休めるクッションを備えた車内のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

余震が続く中、自動車の中で夜を過ごす被災者が多かったことが、国の資料にも記録されています。経済産業省は、車内で過ごす人が多く、ガソリンの需要が増えると見込んで、被災地への移送を調整しました。自衛隊も、避難者用の天幕の設営や家族用テントの提供を行っています。

内閣府の白書は、余震が続く中、避難先の車内で地震のストレスに起因する疾患によって亡くなる事例が見られたことから、避難生活の環境改善が大きな課題になったと整理しています。新潟県のまとめでは、犠牲になった68人の方のうち52人が災害関連死とされています。

新潟大学が行った検診では、震源に近い地域の車中泊や避難所で、足の静脈に血栓(血のかたまり)ができる「深部静脈血栓症」が見つかる割合が高かったと報告されています。いわゆるエコノミークラス症候群は、狭い場所で長時間同じ姿勢でいることや、水分不足で起こりやすくなるとされています。

ただし、車中泊との関連が認められたのは震災後2か月以内で、1年後の検査では車中泊との関連は認められず、避難所で過ごした人にも血栓が多く見つかったと報告されています。内閣府の検討会資料で紹介された新潟大学の報告では、運動を呼びかけるだけでは予防しきれないとして、雑魚寝を避け、簡易ベッドなどで避難所の環境を整えることが必要だと指摘されています。車か避難所かという単純な話ではない、という点は押さえておきたいところです。

やむを得ず車で過ごす場合の予防の基本は、次のとおりです。

  • 足首を曲げ伸ばしして、こまめに足を動かす
  • ときどき車外に出て、歩く
  • 水分を十分にとる
  • 眠るときは足を少し高くするなど、同じ姿勢を長く続けない
  • 着圧(弾性)ストッキングも予防に役立つとされるが、着圧の強さには注意する

車中泊を選ぶ理由は人それぞれです。余震への不安もあるでしょう。だからこそ、避難先の選択肢を「車以外」も含めて家族で話し合い、やむを得ず車で過ごす場合の準備もしておきたいですね。必要な備えの考え方は、防災リュックの選び方と中身リストでも整理しています。

避難所生活と復興への歩み

段ボールベッドが並ぶ避難所と、朝日に照らされた里山のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

避難者は最大で103,178人に達しました。応急仮設住宅は3,460戸が建設され、山古志村の避難指示がすべて解除された2007年4月まで、復興への長い歩みが続きました。

制度の面では、被災者生活再建支援法が新潟県全域に適用され、全壊世帯の支給限度額は300万円とされました。運用益で被災者を支える、3,000億円規模の復興基金も造成されています。

中越地震や平成18年豪雪などでの状況を踏まえ、内閣府は2006年3月に、災害時要援護者の避難支援ガイドラインを改訂しました。その後、2013年の災害対策基本法の改正で「避難行動要支援者名簿」の作成が義務づけられるなど、制度の整備が進められてきました。「災害時に一人で避難することが難しい人を、地域でどう支えるか」は、今も続く課題です。

被災地には、震災の記憶と記録を伝える4つの施設と3つの公園が整備され、「中越メモリアル回廊」として学びの場になっています。

今日見直したい防災チェックリスト

中越地震の教訓から、今日確認したいことを6つに絞りました。全部を一度にやる必要はありません。できるところから、1つだけでも始めてみてください。

  • 夜の停電に備えて、ヘッドライトやランタンがすぐ使えるか確認する
  • 水・食料が最低3日分、できれば1週間分あるか確認する
  • 携帯トイレの数を確認する
  • モバイルバッテリーなど、スマートフォンの電源を充電しておく
  • 避難先を「車以外」も含めて家族で話し合う
  • ハザードマップで、自宅周辺の土砂災害リスクと避難場所を確認する

防災リュックと備蓄品の確認

玄関に置かれた防災リュックと備蓄品を点検するイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

中越地震では、停電が約30万戸、断水が約13万戸に及び、孤立した集落では救助の手が届くまでに時間がかかりました。内閣府の広報では、水や食料は最低3日分、大規模災害に備えて1週間分以上が望ましいとされています。水・食料に加えて、灯り、携帯トイレ、スマートフォンの電源をそろえておくと安心です。

防災セットを累計20万個以上お届けしてきた立場から言うと、大事なのは「何を持っているか」より「いざという時に使える状態か」だと感じています。ライトは電池が入っているか、リュックは玄関ですぐ持ち出せるか。年に一度でも確認するだけで、備えの質は変わります。

この記事をきっかけに、ご家庭の備えも一度確認してみてください。

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避難場所と家族の連絡方法

中越地震では、携帯電話の基地局189局が停波しました。連絡が取りづらくなることを前提に、家族の集合場所と連絡方法を、紙に書いて決めておくのがおすすめです。NTTの災害用伝言ダイヤル(171)は、毎月1日と15日などの体験利用日に試せます。使える手段を平常時に一度試しておくと、いざという時に慌てずに済みます。

山間部や斜面の近くに住んでいる方は、国土交通省のハザードマップポータルサイトで、土砂災害のリスクと避難場所を確認しておきましょう。避難所に行く、親戚宅に身を寄せる、やむを得ず車で過ごす。どの場合に何を持っていくかまで話しておけると、心の余裕が違います。

停電の夜に私がいちばん痛感したのは、まともな灯りの大切さでした。停電が長引いたときの灯りとスマートフォンの電源を考えるなら、太陽光で充電できるソーラーパネル付き防災セットの詳細も参考にしてください。

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新潟県中越地震の教訓と今日の備え

新潟県中越地震の教訓を今日の備えにつなげる朝の机のイラスト
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

10月23日は、2004年に新潟県中越地震が発生した日です。最大震度7の直下型地震に強い余震が続き、山間部では孤立集落が相次ぎ、避難生活では車中泊の健康リスクが課題になりました。この災害から受け取りたい教訓は、次の3つです。

  1. 孤立しても数日をしのげるよう、水・食料・灯り・携帯トイレを備える
  2. 余震が続く中でも選べるよう、避難先を「車以外」も含めて家族で決めておく
  3. 事前に知られていない断層でも大きな地震は起こりうるため、家具の固定など日頃の揺れ対策を進める

過去の災害は、遠い昔の話ではありません。福島で東日本大震災を経験した防災士として、この教訓の重さを感じます。備えは、いざという時の心の余裕につながり、その余裕が正しい判断と行動を支えてくれます。今日、ライトを1つ確認する、家族と避難先を話してみる。そんな小さな行動から、始めていきましょう。

参考情報について

本記事は公的資料をもとに、過去の災害や防災に関する出来事を紹介しています。災害の記録は調査の進展や資料によって数値・表記が異なる場合があります。最新の正確な情報は、各省庁・自治体・関係機関の公式情報をご確認ください。

本記事は、特定の個人・地域・団体を批判するものではなく、過去の出来事から防災の教訓を学び、今日の備えにつなげることを目的としています。

数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。

よくある質問

Q. 新潟県中越地震はいつ、どこで起きた地震ですか?

A. 2004年(平成16年)10月23日(土)17時56分頃、新潟県中越地方の深さ約13kmで発生したマグニチュード6.8の地震です。川口町(現在の長岡市)で最大震度7を観測しました。気象庁は「平成16年(2004年)新潟県中越地震」と命名しています。

Q. 新潟県中越地震はどのタイプの地震で、津波は起きましたか?

A. 内陸の浅い場所で起きた直下型で、逆断層型の地震です。本震のあとに強い余震が続く本震−余震型でした。内陸の地震のため、津波の心配はないとされました。

Q. 新潟県中越地震の被害はどのくらいでしたか?

A. 内閣府の広報では、死者68人、負傷者4,805人、住家の全壊3,175棟、ピーク時の避難者は約10万人とされています。新潟県のまとめでは、死者68人のうち52人が災害関連死です。集計の時点や機関によって数値に差があるため、正確な数字は公式資料でご確認ください。

Q. 新潟県中越地震と新潟県中越沖地震は何が違いますか?

A. 中越地震は2004年10月23日に内陸で起きた地震で、最大震度7、津波の心配はありませんでした。中越沖地震は2007年7月16日に沿岸に近い海域で起き、最大震度6強で弱い津波が観測されました。名前は似ていますが、別の地震です。

Q. 新潟県中越地震の教訓として、車中泊避難では何に注意すべきですか?

A. 長時間同じ姿勢でいると血栓ができやすく、エコノミークラス症候群のリスクがあります。足首を動かす、ときどき歩く、水分を十分にとる、眠るときは足を少し高くして同じ姿勢を続けないことが予防の基本です。可能であれば、車以外の避難先も家族で話し合っておきましょう。

🛡️ 防災士監修記事

後藤 秀和(ごとう ひでかず)

防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役

2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得しHIH(Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

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この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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