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日本の大地震の歴史に学ぶ!過去の被害年表と未来への対策

地震の歴史

日本の大地震の歴史に学ぶ!過去の被害年表と未来への対策

こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。あなたが今「大地震 歴史 日本」というキーワードで検索されているということは、過去にこの国を襲った災害の年表や被害の大きさ、そしてランキングなどを知ることで、漠然とした将来への不安を少しでも解消したいと考えていらっしゃるのではないでしょうか。

日本列島に住む私たちにとって、繰り返される地震の周期や南海トラフへの懸念は避けて通れないテーマですよね。私自身も福島で被災し、自然の猛威を肌で感じてきました。だからこそ、ただ怖がるのではなく「知ること」が最強の防災になると信じています。

この記事では、過去の事実を淡々と振り返るだけでなく、先人たちが残してくれた教訓をどのように現代の防災へ活かせばよいのか、その具体的なヒントまでをわかりやすく紐解いていきます。

  • 日本の歴史を変えた過去の巨大地震とその被害規模が理解できる
  • 震度やマグニチュードのランキングから地震のエネルギーを知る
  • 2025年の予言や南海トラフ地震のリスクを科学的に整理できる
  • 過去の教訓を活かして今すぐ実践すべき具体的な防災対策がわかる

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目次

日本の歴史における大地震の記録

日本列島の山と海が広がる風景から、大地が長い歴史の中で地震を繰り返してきた様子を表現した実写風イメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

日本は4つの巨大なプレート(岩盤)が複雑に重なり合う場所に位置しており、古来より数え切れないほどの地震に見舞われてきました。ここでは、古い歴史書に残る記録や、明治以降の近代観測データに基づき、日本を襲った主な大地震の変遷とその特徴について詳しく解説します。

日本の過去の大地震年表と被害

古い住宅と新しい住宅が並ぶ日本の町並みから、過去の大地震被害と時代の移り変わりを感じ取れる風景
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

日本の歴史書には、古代から現代に至るまで多くの地震記録が克明に残されています。これらは単なる過去の出来事ではなく、「同じ場所で、同じような地震が繰り返される」という日本列島の地質学的な宿命を教えてくれる貴重なデータなんです。

歴史書が語る巨大地震の痕跡

例えば、平安時代前期の869年(貞観11年)に発生した貞観地震(じょうがんじしん)をご存知でしょうか? この地震は、2011年の東日本大震災と非常によく似た震源域と津波被害をもたらしたことが、近年の地層調査から明らかになっています。

当時の歴史書『日本三代実録』には、多賀城(現在の宮城県多賀城市)の城下まで津波が押し寄せ、約1,000人が溺死したという衝撃的な記述があります。千年以上前の記録と現代の災害がリンクする事実は、私たちが歴史から学ぶべきことがいかに多いかを示していますね。

地形を変えるほどのエネルギー

また、1498年の明応地震では、浜名湖(静岡県)の地形が激変しました。それまで淡水湖だった浜名湖が、巨大津波で海とつながり、現在のような汽水湖(海水と淡水が混ざる湖)になったのです。たった一度の地震で国土の形が変わってしまうほどのエネルギーが、私たちの足元には潜んでいます。

知っておきたい歴史的地震の記録:白鳳地震
684年の白鳳地震は、記録に残る確実な最古の南海トラフ地震とされています。『日本書紀』には、高知県で「田苑五十万余頃」が海に没したと記されており、これは広範囲な地盤沈下を示唆しています。つまり、南海トラフ地震は少なくとも1300年以上前から、現在と同じようなメカニズムで繰り返されているのです。

震度やマグニチュードのランキング

地面に伝わる揺れの強弱を抽象的に表現し、震度やマグニチュードの違いをイメージできる実写風の地震表現
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

地震の規模を表す指標として「マグニチュード(M)」と、私たちが感じる揺れの強さを表す「震度」がありますが、歴史的なランキングを見るとその凄まじさが際立ちます。

観測史上、日本周辺で発生した最も規模の大きな地震は、間違いなく2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)で、その規模はM9.0でした。これは世界的に見ても最大級のエネルギーであり、日本観測史上ダントツの1位です。

以下に、規模(マグニチュード)と最大震度の関係をまとめたランキング表を作成しました。

順位地震名(発生年)マグニチュード最大震度・特徴
1位東北地方太平洋沖地震(2011年)9.0震度7(宮城県北部など)
2位(推定)宝永地震(1707年)8.4〜8.6(諸説あり)推定震度7相当
東海・東南海・南海の3連動
3位(推定)明治三陸地震(1896年)8.2〜8.5震度4(津波地震)
死者約2万2千人
4位(推定)安政東海地震(1854年)8.4推定震度7相当

揺れが小さくても油断できない「津波地震」

ここで特に注意が必要なのは、ランキング3位に入っている明治三陸地震(1896年)です。この地震、実は揺れ自体は「震度4程度」と、それほど激しいものではありませんでした。

しかし、ゆっくりとした断層のズレによって巨大な津波が発生し、三陸沿岸を襲いました。これを「津波地震」と呼びます。1605年の慶長地震も同様のタイプだったと言われています。「揺れが小さいから津波は来ないだろう」という自己判断が命取りになることを、過去のデータは強く警告しています。

観測史上最大の地震と津波被害

高台から見下ろした海岸線と大きな波のうねりから、観測史上最大級の地震と津波被害を連想させる風景
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

私たちの記憶に新しい2011年3月11日の東日本大震災は、近代観測が始まって以来、日本が経験した最大の地震災害でした。

想定を超えた巨大津波

最大遡上高40メートルを超える巨大津波は、岩手・宮城・福島の沿岸部を一瞬にして飲み込み、関連死を含めて約2万2千人もの尊い命を奪いました。防潮堤を軽々と超えていく黒い水の映像は、自然の前で人間がいかに無力かを世界中に突きつけました。

この震災では、地震そのものの揺れによる家屋倒壊よりも、津波による壊滅的な被害が特徴的でした。また、福島第一原子力発電所の事故という複合災害を引き起こした点でも、人類史に残る特異な事例となりました。

「釜石の奇跡」が教えるソフト対策の重要性

一方で、希望となる事例もありました。岩手県釜石市では、日頃から徹底的な防災教育を受けていた小中学生が、「津波てんでんこ(家族を待たずに各自で逃げろ)」の教えを守り、率先して高台へ避難しました。その結果、多くの子供たちの命が助かり、「釜石の奇跡」と呼ばれました。

これは、ハード(防潮堤などのインフラ)には限界があるけれど、ソフト(教育と意識、避難行動)でカバーできる部分があることを如実に物語っています。

江戸や明治時代に起きた大災害

現代の町並みの中に残る木造建築を通して、江戸や明治時代の大地震災害を想起させる日本の風景
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

少し時代を遡って、江戸時代や明治時代にも、社会を揺るがす大災害が頻発しています。これらは現代の防災にも通じる重要な教訓を含んでいます。

32時間の恐怖:安政の連続地震

幕末の1854年、黒船来航で世の中が騒然とする中、安政東海地震安政南海地震が発生しました。恐ろしいのは、この二つの巨大地震がわずか「32時間」という短い間隔で連続して起きたことです。

東海地震で被災し、救助活動や避難で混乱している最中に、次の南海地震が西日本を襲うという、まさに泣きっ面に蜂の状況でした。現在の「南海トラフ地震臨時情報」で警戒されている「半割れ(片側が起きた後にもう片側が起きる)」のケースは、決して絵空事ではなく、実際に過去に起きている現象なのです。

近代化の盲点:濃尾地震

明治時代の1891年に発生した濃尾地震(M8.0)は、内陸直下型地震としては日本史上最大級のものでした。

当時、日本は西洋化の真っ只中。欧米から導入されたばかりのレンガ造りの建物や鉄道施設が多く建設されていましたが、それらが地震の揺れであっけなく倒壊してしまいました。これにより、日本の伝統的な木造建築だけでなく、西洋式建築であっても日本の地震に耐えるための設計が必要であることが証明され、耐震工学が発展するきっかけとなりました。

過去の震災における死者数の実態

夕暮れの住宅街に灯る明かりから、過去の震災で失われた命の重みと日常の尊さを静かに伝えるイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

地震による「死因」の内訳を見ると、その地震のタイプや発生した環境によって大きく異なることがわかります。ここを理解することで、自分に必要な対策が見えてきます。

震災名主な死因原因と特徴
関東大震災(1923年)焼死(約9割)昼食時の火の使用、台風による強風、木造密集地での同時多発火災。
阪神・淡路大震災(1995年)圧死(約8割)早朝の発生。古い耐震基準の木造住宅が倒壊し、就寝中の人々が下敷きに。
東日本大震災(2011年)溺死(約9割)巨大津波の襲来。揺れが収まった後の避難の遅れや、想定外の遡上高。

このように、過去のデータは「火災」「建物倒壊」「津波」という3つの主要な死の要因に対して、それぞれ異なるアプローチが必要であることを教えてくれています。都市部なら火災対策、古い家なら耐震化、沿岸部なら避難ルートの確認。あなたの住む場所のリスクに合わせて優先順位をつけることが大切です。

大地震の歴史から学ぶ日本の未来

公園で過ごす日本人親子の後ろ姿から、大地震の歴史を学び未来の防災につなげる希望を表現した風景
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過去を知ることは、未来を守ることにつながります。ここでは、切迫している南海トラフ地震や、巷で囁かれる予言、そして法改正の歴史を通じて、私たちがこれからどう備えるべきかを具体的に考えます。

南海トラフ地震の発生周期と確率

太平洋を望む海岸線を高所から見た風景で、南海トラフ地震の発生周期と自然のリズムを感じさせるイメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

政府の地震調査委員会は、南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率を「70%〜80%」と評価しています(2025年時点)。なぜこれほど高い確率が出されているのでしょうか。

それは、南海トラフ地震が過去、驚くほど規則的に発生しているからです。歴史記録を紐解くと、約100年から150年の周期で繰り返されており、前回の昭和南海地震(1946年)からすでに75年以上が経過しています。つまり、歪みのエネルギー蓄積は着実に進んでおり、いつ「満期」を迎えてもおかしくない時期に入っているのです。(出典:地震調査研究推進本部『南海トラフ地震の評価』

スーパーサイクルと「半割れ」への警戒

さらに、高知県の蟹ヶ池などの地質調査からは、300〜500年ごとに東日本大震災クラスの超巨大津波を伴う「スーパーサイクル」が存在する可能性も指摘されています。次の地震が「通常クラス」か「スーパーサイクル」かは、起きてみるまで分かりません。南海トラフの仕組みや詳細なエリアについては、以下の記事でも小学生向けにわかりやすく解説していますので、ぜひ併せてご覧ください。

南海トラフとはどこ?小学生向けに簡単に解説

2025年の予言と科学的根拠

空を見上げる日本人親子の姿から、地震予言ではなく科学的根拠に基づいて未来を考える大切さを表した風景
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

近年、インターネット上や漫画などの影響で、「2025年7月に大災害が起こる」といった予言が話題になることがあります。「本当に来るの?」と不安になっている方も多いかもしれませんね。

しかし、防災士の立場から申し上げますと、これらは科学的根拠に基づいたものではありません。現在の科学技術では、「○月○日に、どこで」地震が起きるかをピンポイントで予知することは不可能です。気象庁や地震学者も、日時を指定した予言はデマであると明確に否定しています。

ただ、だからといって「何も起きない」と安心するのも違います。予言に怯えるのではなく、科学的な発生確率(30年以内に80%)という現実のリスクを直視し、淡々と備えを進めることが重要です。「予言の日」を一つのきっかけとして、備蓄の賞味期限を点検したり、家族会議を開いたりする(締め切り効果)くらいの気持ちで利用するのが、最も賢い付き合い方かなと思います。

地震の前兆と予想の嘘ホント!最新情報と防災士の備え

地震が少ない都道府県の真実

穏やかに見える日本の田園風景から、地震が少ないと言われる地域でも油断できない現実を示すイメージ
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よく「岡山県や富山県は地震が少ないから安全だ」といった話を聞くことがありますが、これは大きな誤解です。日本列島に住む以上、「絶対に安全な場所」は存在しません。

例えば、かつて地震が少ないと言われていた兵庫県南部でも阪神・淡路大震災が起きましたし、熊本地震も予期せぬ場所で発生しました。日本中どこにでも「未知の活断層」が隠れている可能性があります。

また、もし南海トラフ地震のような巨大地震が発生すれば、震源から離れた地域でも、高層ビルを大きく揺らす「長周期地震動」や、物流の寸断による物資不足の影響を免れることはできません。「ここは大丈夫」という思い込みこそが、避難の遅れや備えの欠如を招く最大のリスク要因であることを忘れてはいけません。

耐震基準の変遷と法改正の歴史

新旧の住宅が並ぶ日本の住宅街を通して、耐震基準の変遷と法改正の歴史を表現した実写風イメージ
ふくしまの防災 HIH ヒカリネット・イメージ

日本の建築基準法は、悲しいことに大地震のたびに多くの犠牲を出し、その教訓(血)をもって書き換えられてきた歴史があります。この歴史を知ることは、今の住まいが安全かどうかを判断する上で非常に重要です。

住宅の安全性を左右する2つの重要な「壁」

  • 1981年(昭和56年)の壁:宮城県沖地震(1978年)の被害を教訓に「新耐震基準」が導入されました。これ以降の建物は、震度6強〜7でも倒壊しない(人命を守る)ことを目標に設計されています。
  • 2000年(平成12年)の壁:阪神・淡路大震災(1995年)で多くの木造住宅が倒壊したことを教訓に、基準がさらに強化されました。接合金物の具体的な指定や地盤調査が事実上義務化され、より安全性が高まっています。

もし、あなたのお住まいが1981年5月以前に建築確認を受けた「旧耐震基準」のものであれば、大地震で倒壊するリスクが高いと言わざるを得ません。自治体の補助金などを活用して耐震診断や改修を検討することは、あなたと家族の命を守るための最も効果的な投資となります。

日本の大地震の歴史を防災に活かす

自宅で家族が話し合う様子から、日本の大地震の歴史を防災行動に活かす大切さを伝える生活シーン
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歴史を振り返ることで見えてくるのは、「天災は忘れた頃にやってくる」のではなく、「正しく恐れ、備えている者の前では被害を最小限にできる」という事実です。

1923年の関東大震災から100年以上が経ち、私たちの社会は便利になりました。しかし、都市の過密化や高齢化といった新たな課題も抱えています。それでも、私たちには過去のデータという強力な武器があります。

  • 耐震化を進める:家が壊れなければ圧死は防げます。
  • 家具を固定する:怪我を防げば避難できます。
  • 水や食料を備蓄する:物流が止まっても生き延びられます。
  • すぐに逃げる:「津波てんでんこ」の精神が命を救います。

歴史が教えてくれるこれらの対策を、今日から一つでも実践してみてください。特に、震度7クラスの激震がどのようなものかを知っておくことは、心の準備として非常に有効です。以下の記事で詳しく解説しています。

【防災士が解説】震度7はどれくらい?揺れの実態と安全を確保する知識

過去の悲劇をただの記録にせず、未来へのバトンとして受け取る。それが今を生きる私たちの責任だと私は思います。できることから一緒に始めていきましょう。

※本記事の情報は執筆時点の一般的な科学的知見に基づいています。個別の建物の安全性や具体的な避難計画については、必ず専門家や自治体のハザードマップ等の公式情報をご確認ください。

防災士の経験から生まれた、信頼できる備え。
経験が語るHIHの「本当に必要な防災セット」。

この記事を書いた人

後藤 秀和(ごとう ひでかず)|防災士・株式会社ヒカリネット 代表
福島県で東日本大震災を経験したことをきっかけに、防災士の資格を取得。
被災経験と専門知識をもとに、本当に役立つ防災用品の企画・販売を行っています。
運営するブランド「HIH」は、個人家庭だけでなく企業・団体・学校にも多数導入され、全国の防災力向上に貢献しています。
被災経験者としてのリアルな視点と防災士としての専門性を活かし、安心・安全な備えを提案しています。

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