熊本地震と病院被害|災害拠点病院とは何か、済生会の奮闘から学ぶ備え

熊本地震と病院被害|災害拠点病院とは何か、済生会の奮闘から学ぶ備え
こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。
2016年4月16日午前1時25分。熊本を襲った本震のニュースを、私は福島で見ていました。あの日を経験した者として、画面の向こうで起きていることの重さが、ひしひしと伝わってきたのを今でも覚えています。
熊本地震で私がもっとも衝撃を受けた事実のひとつが、「命を救う場所であるはずの病院が、被災した」という現実でした。耐震基準を満たしていない病院が倒壊の恐れから機能を失い、入院中の患者が転院を余儀なくされ、その移送の中で命を落とされた方もいる。
一方で、同じ熊本の地に、自らも被災しながら24時間体制で「断らない救急医療」を貫き続けた病院がありました。済生会熊本病院です。900人を超えるスタッフが本震直後に集結し、通常の6倍にのぼる救急患者を受け入れ続けた。その事実は、日頃の備えと組織の意思が、どれほど多くの命を救えるかを教えてくれます。
この記事では、熊本地震における病院被害の実態と、済生会熊本病院が示した「災害時の病院の姿」を軸に、災害拠点病院とはどんな仕組みなのか、そして私たちが今日からできる備えを詳しくお伝えしていきます。
2016年4月、熊本を襲った2度の大地震。
ライフラインが途絶え、多くの病院が受け入れ不能となる中、 「やるしかない」とその身を挺して戦い続けた医療従事者たちがいました。 自らも被災者でありながら、24時間体制で命を救い続けた「済生会熊本病院」。 その原動力は、日頃の過酷なトレーニングと、一人でも多くの命を救いたいという強い信念でした。 この物語が、誰かの勇気や、防災を考えるきっかけになれば幸いです。
熊本地震が暴いた病院の限界と災害拠点病院の役割

熊本地震の病院被害はどれほど深刻だったか
2016年4月14日夜の前震(M6.5)、そして28時間後の4月16日未明に本震(M7.3)が熊本を直撃しました。本震では益城町・西原村で最大震度7を記録し、観測史上初めて同一地域で震度7が2回観測された地震です。
住宅だけでなく、病院や医療機関にも深刻な被害が集中しました。中でも象徴的だったのが、熊本市立熊本市民病院の被災です。
同病院は本震で建物に亀裂が入り、柱が損傷。受水槽が破損して給水が遮断されました。当時この病院は国の耐震基準を満たしていなかったことが後に明らかになっています。倒壊の恐れがあると判断され、入院患者310人が他の病院へ転院を余儀なくされました。自衛隊や医療スタッフが不眠不休で搬送にあたりましたが、重症患者の転院はそれ自体が大きなリスクを伴うものでした。
熊本地震で災害関連死と認定された宮崎花梨ちゃん(当時4歳)は、心臓の病気で熊本市民病院に入院中でした。人工呼吸器をつけた状態での転院を余儀なくされ、まもなく命を落とされました。耐震基準を満たしていない病院が被災した結果として起きた、深刻な出来事のひとつです。
被害はこの病院だけにとどまりませんでした。御船町の希望ヶ丘病院でも倒壊の恐れが生じ、益城病院・益城中央病院では停電が発生して患者を避難させる対応を迫られました。南阿蘇村唯一の救急指定病院だった阿蘇立野病院も、裏山の崖崩れ危険により閉鎖を余儀なくされ、地域の救急医療体制が機能不全に陥りました。
医療機関の機能が低下することは、直接的な被害だけでなく、その後の災害関連死を増加させる大きな要因になります。熊本地震では278人の犠牲者のうち約8割が災害関連死とされています(2025年3月時点で218〜228人が認定)。避難生活中の呼吸器・循環器系疾患の悪化が主な死因であり、医療にアクセスできない環境がいかに命に関わるかを示しています。
済生会熊本病院が直面した未曽有の危機

熊本市南区に位置する済生会熊本病院は、当時、熊本市内に3か所あった災害拠点病院のひとつです。救命救急センターを持ち、国際的な医療機能評価であるJCI認証を取得していた高度急性期病院でもあります。
本震が発生した2016年4月16日午前1時25分、病院スタッフも多くが被災者でした。深夜の激しい揺れの中、自宅が被害を受けたスタッフも少なくなかったはずです。それでも、本震直後には900人を超えるスタッフが病院に参集しました。
本震前の前震(4月14日)の段階で、救急科の医師・川野雄一朗さんはすでに「前震で相当な数の傷病者が来た。本震ではさらに多くなる。救急外来だけでは対応できない」と判断し、ロビーに向かって体制を整えていました。この「経験から学んで先を読む」動きが、後の大量受け入れに直結しました。
済生会熊本病院・本震後の対応実績:
・救急患者数が通常の最大6倍に
・300人以上の救急患者を受け入れ
・透析患者も積極的に受け入れ
・ドクターヘリによる県外転院搬送も実施
・駐車場を車中泊避難者向けに開放
・全国の済生会施設から届いた支援物資を近隣延べ74施設に配布
被災しながら救命を続けた医療スタッフの行動

済生会熊本病院が「断らない救急医療」を貫けた背景には、日頃の準備がありました。同病院は4隊のDMAT(災害派遣医療チーム)を保有し、消防・自衛隊・自治体と合同で災害医療訓練を繰り返していました。全職員がe-ラーニングで災害対応マニュアルを学び、JCI認証の基準に沿って物資の備蓄・インフラ整備・薬品管理体制を構築していました。
「日頃行っていることしか、有事の際にはできない」。後に、DMATとして活動した看護師の南さんはこう語っています。訓練で培ったチームワークと対応力があったからこそ、あの夜の混乱の中でも組織的に動けた。平時の備えが、そのまま命の数になって現れた夜でした。
病院はまた、院外活動にも力を入れました。DMATの派遣にとどまらず、医師や保健師が避難所を回って診療や感染対策を実施。エコノミークラス症候群の予防啓発も積極的に行いました。「助けに来る場所」であるだけでなく、「助けに行く組織」としても機能したのです。
病院自身が被災する「複合危機」のメカニズム

ここで少し「防災理科」的な視点で整理しておきたいと思います。なぜ病院が被災すると、ここまで深刻な事態になるのでしょうか。
病院という施設は、通常時でも非常に脆弱な要素を内包しています。入院患者は自力で動けない方、医療機器に依存している方、重篤な状態の方が多くいます。電気が止まれば人工呼吸器が止まる。水が止まれば手術も透析もできない。これが「病院が被災する」ことの本当の怖さです。
【防災理科メモ:病院の脆弱性】
病院のライフラインは「電気→水→ガス」の順で影響が大きく、特に電力は生命維持装置に直結します。熊本地震では本震直後に最大約47.7万戸が停電、約44.6万戸が断水しました(消防庁消防白書・平成28年版)。耐震構造を持たない病院では、建物被害に加えてこれらのライフライン途絶が同時に発生し、「複合危機」に陥ります。
さらに、病院が被災して機能を失うと、その地域の医療需要は他の病院に集中します。済生会熊本病院が通常の6倍の救急患者を受け入れた背景には、熊本市民病院をはじめ複数の医療機関が機能低下していたという事情がありました。一つの病院の被災が、地域全体の医療崩壊につながる連鎖反応が起きていたのです。
熊本地震は、「病院は安全な場所」という思い込みを根本から覆した災害でした。
災害拠点病院とはどんな仕組みの病院か

済生会熊本病院が担っていた「地域災害拠点病院」という役割。これはどんな仕組みなのか、改めて整理しておきます。
災害拠点病院とは、1995年の阪神・淡路大震災を契機に制度化され、1996年から厚生労働省の指示のもと各都道府県で指定が始まった、災害時の医療体制の中核を担う病院です。都道府県知事が指定し、毎年要件を確認します。
| 種類 | 設置数 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 基幹災害拠点病院 | 各都道府県原則1か所 | 県全域の災害医療を統括・指揮。複数のDMAT保有。研修・訓練機能も担う |
| 地域災害拠点病院 | 二次医療圏に原則1か所 | 地域の救急医療の中核。傷病者の受け入れ・搬出・DMAT派遣・医療資器材の貸出 |
指定を受けるには、厳格な要件を満たす必要があります。主なものを挙げると、24時間緊急対応できる体制・DMAT(災害派遣医療チーム)の保有・ヘリポートの設置・耐震構造・自家発電設備・3日分以上の食料・飲料水・医薬品の備蓄などです。2023年には浸水想定区域の病院に止水対策も義務化されました(厚生労働省・令和5年2月通知)。
DMATとは、「Disaster Medical Assistance Team」の略で、医師1名・看護師2名・業務調整員1名の計4名を基本構成とし、発災後概ね48時間以内に活動を開始できる機動性を持った医療チームです。平時は災害拠点病院に勤務しながら専門的な研修を受け、有事には被災地に派遣されます。
熊本地震では、こうした仕組みが実際に機能した部分と、機能しきれなかった部分の両方が明らかになりました。
熊本地震の病院から学ぶ今日の備えと対策
災害拠点病院が果たせなかった課題と教訓

熊本地震は、災害拠点病院制度の「想定外」を浮き彫りにしました。
最大の問題は、耐震化されていない主要な医療機関が存在していたという事実です。熊本市民病院は当時、災害拠点病院ではありませんでしたが、地域の主要な医療機関であり、多くの重症患者が依存していました。にもかかわらず、耐震改修が財政上の理由で先送りにされていた。当時、複数の専門家が「医療機関を含む防災拠点施設の耐震化が不十分だった」と指摘しています。
また、前震を「本震」と思い込んだ患者や住民が病院に殺到した後、本震でさらに大量の患者が来るという「二段階の波」に対して、病院の受け入れ体制が追い付かない場面もありました。「熊本地震型」と呼ばれる前震→本震という連続発生は、従来の想定を超えるものでした。
これらの教訓を受けて、熊本市は「市民の命を守る熊本市民病院再生プロジェクト」を復興の最重要施策のひとつに位置付けました。2019年10月、免震装置・耐震受水槽・屋上ヘリポート・72時間稼働できる非常用発電機2機・ライフライン二重化を備えた新病院が移転開院しました。花梨ちゃんの経験が、新しい病院の設計に生かされています。
慢性疾患・持病がある人の災害時リスク

福島で震災を経験した私が、今も強く感じることがあります。それは、「元気な人より、持病のある人ほど、早く備えておく必要がある」ということです。
熊本地震の災害関連死218人のうち、既往症のあった方は190人(約87%)を占めていました(熊本県「震災関連死の概況について」2021年3月時点)。持病を抱えながら避難生活を強いられることが、いかに体に負担をかけるかを示す数字です。
特にリスクが高いのは、高血圧・心臓病・糖尿病・腎臓病(透析)・呼吸器疾患などの慢性疾患を抱えている方です。これらは毎日の服薬や処置が欠かせず、薬が1日途切れるだけで状態が悪化することがあります。
慢性疾患のある方が災害時に直面するリスク:
・かかりつけ医院が被災して受診できない
・薬局が閉まっていて薬が手に入らない
・避難所でストレスや環境変化により症状が悪化
・医療機器(血糖測定器・吸入器等)が使えなくなる
・透析患者は受け入れ施設が限られる
病院にかかれない時に自分でできる備え

では、持病がある方はどう備えればよいのか。今すぐできることを整理します。
まず最優先は、持病の薬を最低3日分〜1週間分、防災セットに入れておくことです。薬には有効期限があるので、次回の受診時に新しいものと入れ替えるようにしてください。インスリンや注射製剤は要冷蔵のため、保冷バッグと保冷剤も一緒に準備しておきましょう。
次に重要なのが、お薬手帳を防災セットに入れておくこと。または電子版お薬手帳アプリをスマホに入れておくことです。
熊本地震の発生後、厚生労働省は被災地に対して「処方箋なし調剤」の例外措置を通知しました。服薬中の薬をなくした被災者でも、処方内容が安定した慢性疾患に関する処方であることが「薬歴・お薬手帳・薬の包装」などで確認できる場合、事後に処方箋を発行することを条件として保険調剤が可能とされました。
東日本大震災を経験した薬剤師の報告でも、お薬手帳を持っていた人とそうでない人では、薬を受け取るまでの時間が大きく違ったと記録されています。命綱となるこの一冊を、いつでも持ち出せる場所に置いておいてください。
持病のある方の防災セットに必ず加えておくもの:
・持病の薬(最低3日分〜1週間分。次回受診ごとに入れ替え)
・お薬手帳(または電子版アプリ)
・健康保険証のコピー(またはマイナンバーカード)
・医療機器の予備電池・保冷バッグ(必要な方)
・かかりつけ医の連絡先メモ
かかりつけ医・お薬手帳を防災に活かす方法

お薬手帳の活用は、持っているだけでは不十分です。災害時に本当に役立てるために、今のうちにやっておきたいことがあります。
まず、最新の処方内容が記録されているか確認すること。薬が変更になったのにシールを貼り忘れていたり、ジェネリックに変わってから記録が追いついていないケースが実は多いのです。薬局で薬をもらうたびに必ずシールを貼り付け、最新の状態を保ってください。
次に、かかりつけ医に「災害時の対応」を相談しておくこと。「地震で病院に来られなくなった場合、どうすればよいか」「数日分余分に処方してもらうことはできるか」など、平時のうちに聞いておくと安心です。かかりつけ医がいない方は、この機会に近くの内科クリニックなどに「かかりつけ登録」することをおすすめします。
【豆知識】電子お薬手帳について
スマートフォンで利用できる電子お薬手帳アプリを使えば、クラウドにデータが保存されるため、スマホが手元になくても別の端末から参照できます。ただし、通信障害が発生するとアクセスできない場合もあります。紙のお薬手帳と電子版の両方を持つことが、最も確実な備えです。
また、避難所で医療支援を受ける際には、「私は〇〇という薬を毎日飲んでいます」と積極的に申告することも大切です。支援に入るDMATや医療チームは、あなたの既往歴を知らない状態で対応します。お薬手帳と一緒に、自分の病名・服薬内容・アレルギー歴を書いたメモカードを防災セットに入れておくと、緊急時に言葉にできなくても情報を伝えられます。
(出典:厚生労働省「災害医療について」)
熊本地震の病院被害が変えた防災の常識とまとめ

熊本地震から10年。この災害が医療・防災の分野に残した教訓を、最後に整理しておきます。
ひとつ目は、「病院は必ず助けに来てくれる」という前提を疑うことです。病院自身が被災し、機能を失うことがある。だから、病院にかかれない数日間を自分で乗り越える備えが必要です。持病の薬の備蓄、お薬手帳の整備、かかりつけ医との関係づくりは、すべてこのためにあります。
ふたつ目は、「日頃の備えが命を救う」という事実の重さです。済生会熊本病院が900人のスタッフを集結させ、通常の6倍の患者を受け入れられたのは、JCI認証・訓練・マニュアル・備蓄という日常の積み重ねがあったからです。「普段やっていることしか、有事の際にはできない」という言葉は、私たちひとりひとりにも当てはまります。
みつ目は、制度の整備と個人の備えは車の両輪だということ。災害拠点病院の耐震化・BCP(業務継続計画)整備・DMAT体制の充実は着実に進んでいます。しかし、それだけでは追いつかない局面が必ずあります。あなた自身が「3日間、病院にかかれなくても乗り越えられる状態」を整えておくことが、地域の医療体制を守ることにもつながっています。
福島で被災した私が今伝えたいのは、「備えは怖さからではなく、希望から始める」ということです。済生会熊本病院のスタッフたちが、あの夜、家族への不安を抱えながらも患者のもとに駆けつけたように。備えとは、誰かのための行動です。
今日からできる3つの行動:
①持病の薬を1週間分、防災セットに追加する
②お薬手帳を最新の状態に更新し、防災セットに入れる
③かかりつけ医に「災害時の対応」を相談しておく
数値データはあくまで一般的な目安です。正確な情報は公式サイトでご確認ください。最終的な判断は専門家にご相談ください。
本記事は公的資料をもとに作成していますが、災害の記録は調査の進展により数値が変わることがあります。最新の正確な情報は各省庁・自治体の公式情報をご確認ください。また、掲載内容は特定の個人・団体を批判するものではなく、防災の教訓を共有することを目的としています。
熊本地震の病院が教えてくれた備え
熊本地震から私たちが学べることは、「知識と行動」が命を左右するという事実です。
あなたの備えを今すぐ確認してください。
あなたの防災度チェック
- □ 持病の薬が1週間分、防災セットに入っている
- □ お薬手帳が最新の状態で、防災セットに入っている
- □ 自分の病名・服薬内容・アレルギーをメモカードにまとめてある
- □ 持ち出し袋が玄関にすぐ持って出られる状態にある
- □ 家族全員で避難場所・連絡方法を確認している
熊本地震の教訓は「逃げる準備は、逃げる前に整える」ことを示しています。HIHの防災リュックは、その「準備」をすぐ始められるように設計されています。
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🛡️ 防災士監修記事
後藤 秀和(ごとう ひでかず)
防災士/株式会社ヒカリネット 代表取締役
2011年3月11日、東日本大震災を福島で経験。「あのとき備えていたら」という後悔をなくすため、防災士資格を取得しHIH(Hope is Here)を設立。防災セット累計出荷20万個超、法人導入実績300社以上。

