命を繋ぐ「保存水 比較」:5年・7年・10年の違いを知る


株式会社ヒカリネット HIH 防災士 後藤秀和
あの日、東日本大震災を経験し、水がないという状況がどれほど命に関わるか身をもって知りました。あの経験から、私は「水」の備蓄こそが、災害対策の最優先事項だと確信しています。
「保存水」と聞くと、どれも同じように感じるかもしれませんが、実は保存期間(5年・7年・10年)によって、その特性や価格、選び方が大きく異なります。
ここでは、私の体験も踏まえながら、それぞれの保存水の特徴と、ご家庭や職場に最適な備蓄方法について、詳しく比較解説していきます。
「水」こそ最優先の備蓄品である理由

まずは基本に立ち返りましょう。なぜ、水が食料よりも優先されるのか。
人は水なしで3日前後しか生きられない。
これが答えです。
- 生命維持: 体の約60%を占める水分は、体温調節、栄養運搬、老廃物排出など、生命活動のすべてに関わります。
- 衛生・生活: 飲料水だけでなく、手を洗う、傷口を洗う、トイレを流す(生活用水)など、衛生的な生活を維持するためにも大量の水が必要です。
- 必要量: 災害発生後、最低3日、できれば7日間自力で生き延びるために、一人あたり1日3リットル(飲料用)が目安とされています。4人家族であれば、3日分で36リットルが必要です。
この切実な必要性を満たすのが「保存水」なのです。
保存期間別比較:5年・7年・10年の違い

保存水は、賞味期限によって主に3つのタイプに分けられます。この賞味期限の違いは、単に「どれだけ長くもつか」だけでなく、製造方法、価格、そしてローリングストック(備蓄品の循環)の頻度に大きく影響します。
| 項目 | 5年保存水 | 7年保存水 | 10年保存水 |
| 保存期間 | 5年間 | 7年間 | 10年間 |
| 主な製造方法 | 加熱殺菌、無菌充填 | 加熱殺菌(一部)、 高度な非加熱処理 | 特殊な非加熱殺菌 無菌充填技術 |
| 水の種類 | 軟水(ミネラルウォーター)が多い | 軟水が多い | 超軟水・特殊水など |
| 価格帯(500mlあたり) | 最も安価 | 中間的 | 最も高価 |
| ローリングストック頻度 | 高頻度(5年に一度) | 中間的(7年に一度) | 低頻度(10年に一度) |
| メリット | 価格が安く導入しやすい。種類が多い。 | 5年より長く、10年より安価。バランス型。 | 長期間交換不要。管理が楽。 |
| デメリット | 買い替え・管理の頻度が高い。 | 5年保存より価格が高い。 | 価格が最も高く、導入コストが高い。 |
| 適した用途 | 普段使いの飲料水と兼ねる ローリングストックの基盤 | 家庭・企業の「コア」備蓄として | 管理負担を減らしたい企業や、 交換を忘れがちな個人 |
5年保存水:手軽さと経済性の「基本」
5年保存水は、市場で最も種類が多く、一般的に価格が最も手頃なタイプです。
✅特徴と利点
- 経済性: 他の保存水に比べ、1本あたりの価格が安く、初期導入のハードルが低いです。
- 種類豊富: メーカーや種類が豊富で、好みのミネラル成分やボトルの形状を選びやすいです。
- ローリングストック向き: 賞味期限が来たら、普段の飲用や料理に使って消費しやすく、またすぐに新しいものを備蓄するという「ローリングストック」の考え方に最も適しています。
❌注意点
- 交換頻度: 5年に一度は必ず交換が必要です。これは全ての保存水共通ですが、交換時期を忘れるといざという時に期限切れ、という事態になりかねません。
👨🏫防災士の助言
「まずは備蓄を始めたい」という方には、この5年保存水から導入することを強くおすすめします。併せて保存食を用意する場合、5年までの保存期間のものが多く、7年以上の保存食は希少だからです。保存食とセットで期限管理するのが理想的です。普段使いのミネラルウォーターの箱を常に2~3箱ストックし、消費したら買い足すという習慣から始めれば、期限切れの心配も少なくなります。
7年保存水:バランスの取れた「中間」
7年保存水は、5年と10年のちょうど中間に位置するタイプです。
✅特徴と利点
- 交換の手間軽減: 5年より2年長く持つため、交換頻度が下がり、管理の手間が少々楽になります。
- 価格と期間のバランス: 10年保存水よりも安価でありながら、より長期的な備蓄が可能です。
- 企業向け: 多くの企業や自治体が、管理のしやすさからコアな備蓄品として採用しています。
❌注意点
- 価格: 5年保存水よりは高くなります。
- 種類: 5年保存水ほど種類は多くありません。
👨🏫防災士の助言
特徴が中途半端なため、特段7年保存水をお勧めする理由はありません。ちょうど7年後に、お子様の成長など生活の大きな節目が重なるのであれば、期限管理の目安として一考の価値はあるでしょう。
10年保存水:管理負担を極限まで減らす「長期戦略」
10年保存水は、現在の技術で実現できる最長の保存期間を持つ水です。
✅特徴と利点
- 圧倒的な長期保存: 10年間、基本的に放置していても品質が維持されます。
- 管理負担の最小化: 企業や学校、自治体など、備蓄量が多く、管理担当者の異動が多い場所で、交換の手間とコストを大幅に削減できます。
- 安心感: 10年というスパンは、南海トラフ地震のような周期の長い災害への備えとしても安心感があります。
❌注意点
- 高価格: 導入コストは最も高くなります。
- 製造技術: 10年の品質を保つために、特殊な非加熱殺菌や無菌充填技術が必要となり、結果的に高価になります。
👨🏫防災士の助言
「頻繁に管理するのがどうしても難しい」「数年に一度の大規模な交換作業を避けたい」という方には、10年保存水も候補に挙がります。ただし、「10年間全く何もしない」のではなく、保管場所(直射日光や高温を避ける)は定期的にチェックしてください。ボトルが破損していないか、カビや虫が発生していないかなど、外観のチェックは欠かせません。
なぜ長期保存できるのか?(製造技術の違い)

保存水が普通のミネラルウォーターと異なる最大の理由は、その「賞味期限」と「製造・充填技術」にあります。
賞味期限=腐敗するまでの期間 ではない
飲料水の賞味期限は、主に以下の要因で決められます。
- 微生物の増殖: 最も一般的な腐敗要因。保存水は製造過程で徹底的に殺菌されます。
- 容器の劣化: プラスチック容器(PETボトル)は時間とともにわずかですが、空気を通し、水の成分(特にミネラル)が変化したり、風味が落ちたりします。
- 水質の変化: 加熱殺菌によるミネラル成分のわずかな変化など。
保存水は、これらの要因を極限まで抑える工夫がされています。
製造技術の違い
- 通常のミネラルウォーター: 加熱殺菌後、一般的な衛生環境で充填されます。賞味期限は1~2年程度。
- 5年保存水: 特殊な殺菌方法と、より高度な衛生管理(クリーンルームなど)の下で充填されます。
- 7年・10年保存水:
- 非加熱殺菌: 加熱による水質の変化を避けるため、ろ過膜(フィルター)を使って、水の分子より小さなウイルスや細菌まで除去する「超精密ろ過」が採用されます。
- 超衛生的な充填: NASAの技術を応用したような、完全に無菌状態のクリーンルーム内で水をボトルに充填し、密閉します。これにより、充填時の微生物混入リスクをゼロに近づけます。
- 特殊な容器: 光や酸素の透過を防ぐ、厚手の多層構造のボトルを採用し、水質の長期安定化を図ります。
要するに、保存期間が長くなるほど、「殺菌の徹底度」と「容器の密封性」が極限まで高められているのです。
備蓄計画:最適な保存水の組み合わせ方

一つの種類に絞るのではなく、複数の保存期間の水を組み合わせて備蓄する「ハイブリッド備蓄」という考え方もあります。
| タイプ | 用途 | 保存期間 | おすすめ量 |
| A. 日常備蓄(ローリングストック) | 普段の飲用、軽いケガ、初期の飲用水 | 1~2年(通常の飲料水) | 家族の2~3日分 |
| B. コア備蓄(メイン) | 災害発生後、最低7日間の生命維持 | 5年保存水 | 家族の5~7日分 |
| C. 長期安心備蓄(バックアップ) | 備蓄の入れ替え忘れ、長期避難の予備 | 10年保存水 | 家族の2~3日分 |
用途に合わせた容器サイズ
- 500ml: 持ち運びやすく、個人が消費しやすいサイズ。防災リュックや非常持ち出し袋に必須です。
- 2L: 家庭での備蓄や、生活用水(米とぎ、歯磨きなど)に使いやすいサイズ。備蓄のメインとなります。
東日本大震災の際、配給が始まるまで数日を要しました。家が無事だったとしても、道路の寸断で物資が届かない可能性もあるのです。
防災士が語る保存水選びの落とし穴

保存水を選ぶ際、賞味期限だけでなく以下の点にも注意してください。
1. 「水道水でOK」の危険な誤解
「水道水をペットボトルに入れておけばいい」という意見がありますが、これは非常に危険です。
- 塩素の揮発: 水道水の殺菌成分である塩素(次亜塩素酸)は、時間とともに揮発します。概ね3日~1週間で殺菌効果がなくなり、雑菌が繁殖し始めます。
- ボトル内の不純物: 自前のペットボトルは、洗っても完璧に滅菌されていません。その残った不純物が雑菌のエサとなります。
水道水を備蓄するなら、密閉容器に汲んで「3日以内」に交換し続ける必要があります。長期保存には、保存水を使いましょう。
2. 硬度(ミネラル分)と飲用適性
日本で売られている保存水の多くは飲みやすい「軟水」ですが、海外製の保存水には「硬水」もあります。
- 軟水: ミネラル分が少なく、口当たりがまろやかで、普段の飲み水や粉ミルク、薬の服用にも適しています。
- 硬水: マグネシウムやカルシウムが多く含まれ、お腹が弱い人が一度に大量に飲むと、お腹を壊す可能性があります。
災害時のストレス下で体調を崩さないためにも、普段飲み慣れている硬度に近い、日本の軟水(硬度10~100程度)を選ぶことをおすすめします。
3. 保管場所の厳選
保存水の賞味期限は、「適切な保管条件下」での期限です。
- 直射日光: 絶対に避けてください。ボトルを劣化させ、水温を上げ、品質を損ないます。
- 高温多湿: 車のトランクやガレージ、真夏の屋外物置など、高温になる場所での保管は厳禁です。
- 灯油・洗剤の近く: 臭いが強いものの近くに置くと、プラスチックボトルを通じて水に臭いが移る可能性があります。
私の経験から:水の備蓄と心の準備

あの震災の最中、水道が止まり、支援物資が届くまで数日間、極度の不安に苛まれました。
家に保存水があれば、飲むための命の水であると同時に、「まだ大丈夫だ」という心の支えになります。水があるという安心感は、食料があること以上の精神的な安定をもたらしてくれます。
水がなければ、食料があっても喉を通らない。水がなければ、怪我をしても洗えない。水がなければ、排泄の衛生を保てない。
災害時、私たちを一番に裏切るのは「水」かもしれません。だからこそ、プロの技術で徹底的に守られた保存水を備蓄することが、あなたとご家族の命を守る盾となります。
もし今、大規模な地震が起きたとして、あなたは家族に最低3日間分の水を提供できますか? 家の備蓄だけでなく、避難所まで移動する分の水も確保できていますか?
家での備蓄と同時に、命を守る「移動手段」としての水も忘れてはいけません。だから、防災リュックにも保存水を入れておく。保存水を購入したら、これを必ず最初に実践してください。
