地震に備えて今やるべきこと:大震災の教訓とあなたの命を守る行動計画

株式会社ヒカリネット HIH 防災士 後藤秀和

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忘れてはいけないあの日:東日本大震災の経験から学ぶ

2011年3月11日。あの日の経験は私にとって、そして福島県に住む多くの人々にとって、人生を根底から覆すものでした。あの揺れ、津波、そして原発事故という複合災害は、「想定外」という言葉がいかに無力であるかを私たちに突きつけました。

「備えあれば憂いなし」とはよく言いますが、真の備えとは、単に物を揃えることではありません。それは想像力を働かせ、命を最優先する判断力を磨き、地域で助け合う関係性を構築することです。

教訓その1: 「いつか」ではなく「今すぐ」行動する

多くの人が、「大地震は来るかもしれないが、まだ先だろう」「自分は大丈夫だろう」と考えていました。しかし、地震は予告なく一瞬で日常を奪います。あの震災から10年以上が経ち、人々の記憶は薄れつつありますが、私たちはあの日の教訓を風化させてはいけません。

防災は「いつかやること」ではなく、「今すぐ、手を動かして始めること」です。 危機感がない時ほど、冷静かつ着実に備えることができる最高のチャンスなのです。

教訓その2: 「自分の命は自分で守る」が基本

地震直後に公的機関による援助がすぐに届くとは限りません。道路の寸断、通信の途絶、役所機能の麻痺などにより、救援が来るまでに数日、あるいは一週間以上かかる可能性も十分にあります。

この「自助」(自分の力で生き抜くこと)こそが、生き残るための最初の鍵となります。特に、地震直後の72時間(3日間)を自力で乗り切るための備えが極めて重要になります。

教訓その3: 地域の「共助」の重要性

大震災では、救助された人々の約9割が、家族や近隣住民によって助け出されたというデータがあります。行政による「公助」は最後の砦ですが、それ以上に大きな力となったのが、住民同士の助け合いである「共助」です。 高齢者、障がいを持つ方、乳幼児など、「災害弱者」と呼ばれる人々への配慮とサポートは、地域コミュニティの備えなしには成り立ちません。 平時から近所の人と顔見知りになり、いざという時の避難経路や安否確認の方法を話し合っておく必要があります。

命を守るための「3つの備え」

防災士として、私が皆様にお伝えしたいのは、備えを以下の3つのカテゴリーに分けて考えることです。

  1. 🏷建物・室内の安全対策(命を守る)
  2. 💧 備蓄・ライフラインの確保(生活を繋ぐ)
  3. 🗣家族・地域の防災計画(不安を減らす)

建物・室内の安全対策:まずは「居場所」を安全にする

地震による負傷の原因の多くは、倒れてきた家具や、散乱したガラス破片によるものです。まずは今、あなたが生活している空間を安全にすることが最優先事項です。

1. 家具の固定と配置の見直し

  • L字金具やポール式器具による固定:
    • 背の高いタンス、食器棚、冷蔵庫、本棚などは、壁にL字金具でしっかり固定するのが最も効果的です。天井と家具の間に突っ張るポール式器具は、補助的な役割として活用しましょう。
    • 固定が難しい家具は、粘着マットやストッパーなどで転倒を予防します。
  • 「寝室」の安全確保:
    • 寝ている真上に、照明器具やエアコン、重い額縁などが落ちてこないか確認しましょう。
    • 寝室には、倒れやすい家具を置かないのが鉄則です。どうしても置く場合は、寝る場所から離れた場所に配置します。
  • 出口の確保:
    • 玄関や廊下など、避難経路となる場所には、倒れてきたり、散乱したりする可能性のある物を置かないようにします。

2. ガラス・窓の飛散防止

  • 飛散防止フィルム: 窓ガラスや食器棚のガラス扉などに、飛散防止フィルムを貼り付けましょう。ガラスが割れても破片が飛び散るのを防ぎ、怪我のリスクを大幅に減らせます。
  • カーテン: 厚手のカーテンを閉めておくことも、破片の飛び散りを抑える効果があります。

3. 電化製品・火元の対策

  • 感震ブレーカーの導入: 大地震の際に電気を自動的に遮断する感震ブレーカーは、通電火災(地震後の復旧時に起こる火災)の予防に極めて有効です。特に古い家屋やブレーカーが手の届きにくい場所にある場合は、積極的に導入を検討してください。
  • ストーブ・暖房器具の安全: 石油ストーブなどは、地震発生時に自動消火する機能があるか確認し、使用時以外は燃料を抜いておきましょう。

備蓄・ライフラインの確保:自立できる「7日間」の備蓄

これまでの「3日間」の備蓄という考え方は、大震災の経験を経て見直されました。大規模災害では、ライフライン(電気・ガス・水道)の復旧や、支援物資の到着に1週間以上かかる可能性も十分にあります。

目標は「最低3日間、可能であれば7日間」を自立して生き抜くための備蓄です。

1. 食料・飲料水

  • 飲料水: 1人あたり1日3リットルを目安に、最低7日分(4人家族なら84リットル)を備蓄します。ローリングストック法(普段から消費しながら備蓄する方法)を活用し、定期的に入れ替えましょう。
  • 食料:
    • 非常食: 缶詰、レトルト食品、フリーズドライ食品など、調理不要でそのまま食べられるものを中心に揃えます。賞味期限が長いものを活用しましょう。
    • 普段の食品の活用: カセットコンロとカセットボンベを用意し、普段から家にある米、乾麺、調味料、日持ちする野菜なども非常時の食料としてカウントします。
    • 特殊な配慮: 乳幼児、高齢者、アレルギーを持つ家族がいる場合は、それぞれに合った非常食を準備します。

2. 生活用品

  • 衛生用品: 簡易トイレ(凝固剤)、トイレットペーパー、ウェットティッシュ、生理用品、おむつ、マスク、消毒液などは、断水時や避難生活で特に不足しがちです。多めに備蓄しておきましょう。
  • 燃料・電源:
    • カセットコンロとボンベ: 調理、暖房、湯沸かしに非常に有用です。ボンベは最低6本程度を備蓄します。
    • モバイルバッテリー: スマートフォンや情報収集のための電源として必須です。容量の大きなもの(20000mAh以上)を複数用意し、常に充電しておきましょう。
    • 懐中電灯・ランタン: 停電は必ず起こります。一人一本の懐中電灯と、室内を明るく照らすLEDランタンを複数用意します。

3. 現金・貴重品

  • 現金: 災害時はATMやクレジットカードが使えなくなるため、小銭を含めた現金を分散して備蓄しておきましょう。
  • 貴重品: 預金通帳、印鑑、健康保険証、運転免許証などのコピーを防水ケースに入れ、すぐに持ち出せる場所に保管します。

家族・地域の防災計画:不安を「行動」に変える

いくら物を備えても、家族間でのルールや地域の協力体制がなければ、混乱の中で命を落とす危険があります。

1. 家族防災会議の実施

  • 避難場所の確認: 自宅から最も近い指定避難所(一時的に身の安全を確保する場所)と指定緊急避難場所(自宅が損壊した場合などに長期的に生活する場所)を家族全員で確認し、地図上にマークしておきます。
  • 安否確認の方法:
    • 災害時は電話が繋がりにくくなります。「災害用伝言ダイヤル(171)」の使い方や、LINE、SNSなどの活用ルールを決めておきましょう。
    • 別居の親族や知人とは、連絡が取れない場合の共通の集合場所(二次集合場所)を決めておくことも有効です。
  • 役割分担:
    • 初期行動(ブレーカーを落とす、火の始末、ドアを開ける、子どもの保護など)の役割分担を決めておきます。

2. 地域・自治体との連携

  • 防災訓練への参加: 地域で行われる避難訓練や、消火訓練、救命訓練には積極的に参加しましょう。顔見知りを増やし、いざという時に頼れる関係を築くことが大切です。
  • ハザードマップの確認: 自治体が作成しているハザードマップ(地震、津波、液状化、土砂災害などの危険性を示した地図)を必ず確認し、自宅や職場周辺のリスクを把握しておきましょう。

防災士が語る「今だからこそ」の備え

東日本大震災の経験を踏まえ、私が特に重視しているのは、「多様なリスク」と「情報の確保」です。

多様なリスクへの配慮

1. 冬の災害への備え

東北地方では、特に冬季の災害リスクが高まります。

  • 防寒対策: 保温性の高いアルミシート、毛布、使い捨てカイロ、冬用の防寒着を必ずリュックと備蓄品に含めます。
  • 車中泊への配慮: 避難所が満員の場合、自家用車で過ごすことも想定されます。車内に毛布、水、食料、携帯トイレを備えておきましょう。

2. 女性・子どものための備え

  • 女性: 生理用品は手に入りにくくなります。必要量を多めに備蓄し、目隠しや着替え用のポンチョなども準備しておきます。
  • 子ども: お気に入りのおもちゃ、絵本、アメニティ(ウェットティッシュなど)、アレルギー対応の食品など、子どもの年齢に合わせたストレスケアと生活用品を最優先で準備します。

情報の確保と判断力

1. ラジオの活用

スマートフォンが使えなくても、手回し充電式ラジオは必ず準備しましょう。テレビやインターネットが使えない状況で、正確な情報を得るための生命線となります。情報は人々の不安を和らげ、適切な行動を促します。

2. 訓練による判断力の養成

防災訓練は「混乱した状況で、冷静な判断を下す練習」です。

  • 「火の始末は誰がやるか?」
  • 「玄関のドアが開かない場合はどうするか?」
  • 「津波警報が出た場合、どのルートで逃げるか?」

このようなシミュレーションを頭の中で、そして家族や地域で何度も行うことで、実際の災害時に迷うことなく、「命を守る行動」を取ることができるようになります。

防災リュックも用意しておく

ここまで、建物・室内の安全対策、7日間の備蓄、そして家族・地域の防災計画という3つの柱についてお話ししました。

しかし、これらの備えがあっても、地震直後に自宅が倒壊したり、火災が迫ったりして、一刻も早く外に逃げなければならない状況に陥るかもしれません。

その「逃げる一瞬」のために、すべての知恵と経験が結集された最後の備えがあります。

それが防災リュックです。

これは、非常用持ち出し袋とも呼ばれ、「命綱」とも言える重要なアイテムです。このリュックの中身が、あなたが自宅に戻れない数時間、あるいは数日間の命を繋ぎます。

防災リュックに必ず入れておくべき重要アイテム

  1. 水と食料: 500mlのペットボトル水2本、カンパンなどの即効性の高い非常食。
  2. 情報・電源: 手回し充電式ラジオ、懐中電灯。
  3. 貴重品: 現金(小銭含む)、保険証のコピー、常備薬、家族の写真(迷子になった時の確認用)。
  4. 防護・救急: ヘルメットまたは防災頭巾、軍手、マスク、救急セット(絆創膏、消毒液など)。
  5. 生活用品: 簡易トイレ、アルミシート(防寒用)、ティッシュ、ウェットティッシュ。

防災リュックは、いつでも持ち出せるよう、玄関や寝室の枕元など、すぐに手が届く場所に置いておくことが鉄則です。中身は年に一度、誕生日や防災の日(9月1日)など、決まった日に見直す習慣をつけましょう。


あなたの命を守る行動計画の実行は、今日から始まります。

まずは、寝室の安全確認と、防災リュックも用意しておくことから始めてください。

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