プロ防災士が選ぶ非常食お菓子ガイド

災害時における「心の栄養」
株式会社ヒカリネット 防災士 後藤秀和

私は福島県在住の防災士として、東日本大震災を経験し、その後の復興の道のりを歩んできました。災害が発生した時、そしてその後の避難生活において、食料の確保はもちろん最優先事項でしたが、同時に「心のケア」の重要性を痛感しました。特にストレスや不安が募る状況下で、日常の延長にあるような「お菓子」の存在は、単なるカロリー源以上の非常に大きな役割を果たしてくれました。
非常食というと、どうしても味気ない、栄養補給一辺倒なものを想像しがちですが、現代の備蓄においては、「QOL(生活の質)の維持」や「精神的な安定」に寄与するアイテム、特に「お菓子」の存在は欠かせません。この記事では、私の経験と防災士としての知見に基づき、非常食として備蓄すべき「お菓子」の役割と、特におすすめしたい3つの商品について詳しくご紹介します。
非常食お菓子の役割:なぜ「甘いもの」が必要なのか

災害発生直後から続く避難生活や自宅での待機期間は、想像を絶するストレスと肉体的な疲労を伴います。睡眠不足、不安、情報の錯綜、そして慣れない環境。このような状況下で、ただ生き延びるためだけの食料では、いずれ心が折れてしまう可能性があります。
脳と体のエネルギー源:ブドウ糖の即効性
災害時の食事は、どうしても調理の手間や水の制約から、炭水化物中心になりがちです。しかし、疲労困憊の体にとって、すぐにエネルギーに変わる糖質は非常に重要です。特にお菓子に含まれるブドウ糖やショ糖は、脳の唯一のエネルギー源であり、集中力の低下や判断力の鈍化を防ぐために即効性のある補給が求められます。
被災地での支援活動や、慣れない避難所での作業は、想像以上にカロリーを消費します。お菓子は、少ない量で効率よくカロリーと糖質を摂取できる「エマージェンシー・フード」として機能します。
心の安定とリラックス効果:「日常」の再現
震災時、水道もガスも止まり、冷たいおにぎりや乾パンが続く生活の中で、たった一口の甘いチョコレートやクッキーが、どれほどの「癒し」になったか言葉では言い尽くせません。お菓子は、私たちが普段の生活で何気なく享受している「豊かな日常」の象徴でもあります。
不安な状況下で「美味しい」と感じる体験は、脳内にドーパミンやセロトニンといった快感物質を分泌させ、一時的に緊張や不安を和らげる効果があります。これは、被災者が前向きな気持ちを保ち、精神的な健康を維持するために不可欠な要素です。防災士として、私は「非常食お菓子」を「心の常備薬」と位置づけています。
コミュニケーションツールとモチベーションの向上
避難所生活では、高齢者から小さな子どもまで、様々な人々が共同生活を送ります。特にお子さんにとって、慣れない環境でのストレスは計り知れません。そんな時、お菓子は「遊びのきっかけ」となり、子どもの気分転換やモチベーション維持に役立ちます。
また、分け合うことでコミュニケーションが生まれ、孤立を防ぐ役割も果たします。「みんなで少しずつ、この美味しいものを食べよう」という共同体験は、連帯感を高め、暗くなりがちな避難所の雰囲気を和ませる効果もあります。
備蓄に欠かせない三大非常食お菓子

私の経験と防災士としての視点から、非常食として備蓄を強く推奨したい「お菓子」を3つ、具体的な商品のメリットとともに詳細にご紹介します。選定基準は、①長期保存性、②栄養価、③調理不要の簡便性、④精神的な満足度の高さです。
1. 井村屋 えいようかん

【総合評価】手軽さ・栄養価・保存性の三拍子揃った「和のエネルギーバー」
【生菓子としては驚異の長期保存性:5年間】
製造日より5年間という長期保存が可能です。これは、ローリングストック(日常の消費と備蓄を兼ねる方法)が難しい家庭でも確実に備蓄しておける大きな強みです。
【高カロリーかつ手軽な栄養補給】
1本(55g)あたり約171kcalと、チョコレートやビスケットにも劣らない高カロリーです。すぐにエネルギーに変わる糖質(炭水化物)が主成分であり、疲労回復に即効性があります。
パッケージに「手軽にカロリー補給」とある通り、厳しい状況下での活動中の合間や、夜間の空腹時など、体力を維持したい場面で非常に頼りになります。
【水なしで食べられる優れた簡便性】
ようかんの最大の利点は、開封後すぐに水なしで美味しく食べられる点です。被災直後は、飲料水も貴重であり、喉が渇く食べ物は敬遠されがちです。ようかんなら、その心配がありません。
【ユニバーサルデザインのパッケージ】
パッケージに切り込み線が入っており、手で簡単に開けられます。また、一本一本が薄いフィルムで包装されており、手を汚さずに押し出しながら食べられる構造は、衛生面や小さな子ども、高齢者の方にも配慮されています。
【アレルギー特定原材料不使用】
アレルギーを持つ方も安心して食べられる配慮がされています。避難所など、共同で備蓄品を消費する可能性を考えると、非常に重要なポイントです。
【防災士からのアドバイス】
「えいようかん」は、そのコンパクトさから自宅の備蓄だけでなく、持ち出し用非常用バッグ(一次持ち出し品)に必ず加えておくべきアイテムです。また、甘さ控えめのものから、様々な風味のもの(チョコ味など)もあるため、飽きずに備蓄を続けやすいという点も評価できます。
2. 江崎グリコ ビスコ 保存缶

【総合評価】「いつもの味」による安心感と、乳酸菌による腸内環境ケア
【長期保存の缶入りタイプ:5年間】
「保存缶」として特別に開発されており、製造日より5年間という長期保存が可能です。また、缶入りであるため、湿気や衝撃から中身のビスケットをしっかりと守ります。
【圧倒的な「心の栄養」:慣れ親しんだ味】
災害時、人は極度の不安から食欲不振に陥ることがあります。そんな時、見慣れた赤いパッケージ、そして慣れ親しんだ優しいクリームの味は、「平常時」を思い出させ、最も重要な「食べる意欲」を引き出してくれます。これは、防災士として最も重要視するポイントの一つです。
【栄養機能食品としての側面:乳酸菌の力】
ビスコの最大の特徴は、乳酸菌が含まれている点です。被災生活では、食事が偏りがちになり、また水不足や環境の変化から、便秘など腸の不調を訴える方が増えます。腸内環境の悪化は、免疫力の低下にもつながります。
ビスコに含まれる乳酸菌(スポロ乳酸菌)は、生きたまま腸まで届きやすいとされており、精神的なストレスだけでなく、身体的な健康維持にも配慮された、非常食として非常に優れた機能を持っています。
【子どものいる家庭は備蓄の「核」】
ビスコは、子どもたちの間でも非常に人気が高いお菓子です。避難生活でぐずる子どもに与える「特別なご褒美」として、また、みんなで分け合う際のコミュニケーションツールとしても最適です。
【防災士からのアドバイス】
ビスコは、水分が少ないため、食べる際に水やお茶が必要になります。必ず、備蓄している飲料水とセットで消費計画を立ててください。また、缶を開けた後は湿気やすいため、一度開けたら家族や避難仲間と分け合い、早めに食べきることが大切です。
3. ヤマザキビスケット(YBC) ルヴァンプライムスナック 保存缶L

【総合評価】汎用性の高さと食感の満足度:食事にもおやつにもなるクラッカー
【高い汎用性:食事の「主食」としても機能】
ルヴァンプライムスナックの最大の強みは、そのシンプルな塩味とサクサクした食感です。そのままおやつとして食べられるのはもちろん、備蓄している缶詰(ツナ缶、サバ缶など)やフリーズドライのスープ、チーズなどと組み合わせて、「軽食」や「主食の代替」として利用できます。
白米やパンが不足した時、クラッカーは炭水化物の供給源として、食事の満足度を高める役割を果たします。
【長期保存可能な缶入り】
「保存缶L」は、製造日より5年間と長期の保存が可能です。缶詰のため、保存性に優れ、中身が割れにくい点もポイントです。
【食感によるリフレッシュ効果】
避難生活では、柔らかいもの(アルファ米など)や単調な食感のものが多くなりがちです。クラッカーの「サクサク」という軽快な食感は、噛むことでストレスを和らげ、食事に変化と楽しさをもたらします。
【個包装による衛生的・計画的な利用】
ルヴァンプライムスナックは、クラッカーが小分け(3枚×8パックなど)になって個包装されています。これにより、一度に食べきらなくても湿気にくく、衛生的に保てます。また、避難所などで分ける際にも非常に便利で、計画的な食料管理がしやすい構造です。
【防災士からのアドバイス】
ルヴァンプライムスナックは、他の甘いお菓子と異なり、食事の一部として組み込みやすいのが利点です。「レトルト食品や缶詰と一緒に食べる」という想定で備蓄してください。例えば、ツナ缶を乗せてマヨネーズを少しかけるだけで、立派な軽食になります。食料備蓄の幅を広げる上で、非常に重要なアイテムです。
プロ防災士からの提言:備蓄は「ローリングストック」で

今回ご紹介した3つの「非常食お菓子」は、いずれも長期保存が可能ですが、最も理想的な備蓄方法は「ローリングストック法」です。
「古いものから食べる: 賞味期限が近いものを日常のおやつとして消費します。」
「食べた分を買い足す: 消費した分だけ、新しい非常食お菓子を買い足し、常に一定量を備蓄します。」
この方法であれば、「非常時しか食べられない」というストレスがなく、常に新鮮で賞味期限に余裕のある備蓄品を維持できます。また、日常的に食べることで、ご家族の誰もがその味に慣れておけるという精神的なメリットもあります。
最後に
東日本大震災の経験した防災士として断言できるのは、非常食とは「命をつなぐための栄養」だけでなく、「心をつなぎとめるための栄養」でもあるということです。
今回ご紹介した「えいようかん」の即効性のある高カロリー、「ビスコ」の安心感と整腸作用、「ルヴァンプライムスナック」の汎用性。これらは、単なるお菓子ではなく、被災時の私たちの生活を支え、困難を乗り越えるための「希望の糧」となります。
ご自身の、そしてご家族の「心の栄養」のために、ぜひ今日から「非常食お菓子」の備蓄を始めてください。備えがあれば、心も安らぎます。それが、私たちプロ防災士が皆様にお伝えしたい最も重要なメッセージです。
