BCP対策の基礎と備蓄ガイド【企業・介護施設編】

BCP対策の基礎と備蓄ガイド【企業・介護施設編】
こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。
最近、「BCP(事業継続計画)」という言葉をよく耳にしませんか?特に企業や介護施設では、その策定が重要視されていますね。
2024年4月からは介護施設でのBCP策定が義務化され、自然災害だけでなく感染症への備えも必須となりました。
でも、いざ「BCP対策を」と言われても、「何から手をつければいいの?」「防災計画と何が違うの?」と戸惑う方も多いかもしれません。
また、BCP策定に使える補助金があるのか、具体的な備蓄リストはどうすればいいのか、雛形(ひながた)を探している方もいらっしゃるかなと思います。
この記事では、防災士の視点から、BCP対策の基礎知識と、企業・介護施設が必ず準備すべき防災用品や行動計画について、わかりやすくガイドします。
- BCPと防災の違い、なぜ今BCPが必要なのか
- 介護施設におけるBCP義務化のポイント
- BCP策定の具体的なステップと行動計画
- 企業・介護施設別の必須備蓄品リスト
動画のポイント(要約)
- BCPの重要性と義務化 BCPは緊急時でも事業を継続・早期復旧させるための計画です。特に介護分野では2024年から義務化されており、未策定の場合は安全配慮義務違反や報酬減額のリスクがあります。
- 防災対策との違いとBIA(ビジネスインパクト分析) 単なる防災とは異なり、「中核事業を特定し、いつまでに復旧させるか」を決めるBIAが計画の心臓部となります。復旧目標時間は、事業が耐えられる限界時間より短く設定するのが鉄則です。
- 備蓄と運用の重要性 備蓄は救助の妨げにならないよう「3日分」が基本です。また、計画は作って終わりではなく、定期的な訓練と見直しを行うBCM(事業継続マネジメント)のサイクルを回すことが不可欠です。
BCP対策の基礎ガイド:企業と介護施設の行動計画


まずは「BCPって結局なに?」という基本のキからおさえていきましょう。言葉は難しく聞こえるかもしれませんが、中身はとても合理的で、いざという時に自分たちの組織を守るための大切な計画なんですよ。
BCPとは?防災との違いを解説

BCPとは「Business Continuity Plan」の略で、日本語では「事業継続計画」と呼ばれていますね。
これは、地震や水害、感染症のパンデミック、サイバー攻撃、はたまた取引先の倒産によるサプライチェーンの途絶といった、予期せぬ緊急事態が起こった時に、受けるダメージをできるだけ小さくして、大切な事業を「継続」させる、もし止まっても「できるだけ早く復旧」させるための、事前に行う行動計画のことです。
もちろん、従業員さんや利用者さんの「人命」を守ることが最優先ですが、それに加えて「事業を止めないこと」で、倒産や事業縮小といった最悪の事態を避けるのが目的なんですね。
「防災」と「BCP」の違い
よく「防災対策と何が違うの?」と聞かれるんですが、これは視点がちょっと違います。
- 防災:被害を「未然に防ぐ」(予防)や、被害を「最小限にする」(減災)がメインです。(例:建物の耐震化、備蓄品の準備、避難訓練)
- BCP:被害が「発生すること」を前提に、被害を受けた「後」で、どうやって事業を止めないか、どう早く再開するかという「事業の継続と復旧」に焦点を当てています。
防災対策は、BCPを実行するための土台の一部、というイメージが分かりやすいかもしれませんね。建物がすぐに倒壊してしまっては、事業継続どころではありませんから。
BCPとBCMの違い
ちなみに、似た言葉で「BCM(事業継続管理)」というのもあります。これはBCPとセットで使われることが多いですね。
BCP(計画)とBCM(管理・運用)
- BCP (計画):作った「計画書」そのもの。いわば「成果物」です。
- BCM (管理):BCPという計画書を作って終わり(Plan)じゃなく、その計画を組織に浸透させ、訓練し(Do)、訓練結果や環境の変化を評価・分析し(Check)、計画の不備を改善していく(Act)…このPDCAサイクルをぐるぐる回していく活動全体(マネジメントプロセス)を指します。
BCPは、このBCMという活動から生み出される「成果物」のひとつ、という位置づけです。BCMという活動を続けていないBCPは、すぐに「絵に描いた餅」になってしまいますから、どちらも大切なんですね。
なぜ今BCP策定が不可欠なのか

「うちみたいな中小企業には関係ないかも…」と思う方もいるかもしれませんが、いえいえ、そんなことはないんです。BCPは今や、規模に関わらず重要な「経営戦略」のひとつになっています。
その必要性は、一般企業と、人命を預かる介護施設とでは、少し動機が異なります。
一般企業の場合
一般企業にとっては、主に経済的・戦略的な理由からBCPが不可欠になっています。
- 社会的信用の維持
緊急時に製品やサービスが完全に止まってしまうと、お客様からの信頼を一気に失ってしまいます。「あそこは災害が起きたら止まっちゃう会社だ」と思われたら、取引を打ち切られるかもしれません。「いざという時でも、できる限り供給責任を果たそう」という姿勢(レジリエンス)を示すことが、信用につながります。 - 競争優位性の確保
もしもの時、周りの競合他社が事業を停止し、復旧に手間取っている間に、自社がBCPに基づいていち早く事業を再開できたら…それはお客様から見ても「頼りになる会社」ですよね。他社との圧倒的な「強み」になります。危機的状況は、市場シェアを拡大する好機ともなり得るわけです。 - サプライチェーンの維持
現代のビジネスは、複雑な「供給網(サプライチェーン)」で成り立っています。- 自社が無事でも…:部品を供給してくれる取引先(仕入先)が被災したら、自社の生産ラインは止まってしまいます。
- 自社が被災したら…:自社をあてにしているお客様(納品先)の事業を止めてしまいます。
【重要】介護施設の場合
介護施設の場合は、一般企業とは少し次元が違って、経済的利益の追求よりも、「人命」に直結するという、とても重い倫理的・法的な責任があります。
介護施設のBCPが守るべき最優先事項は、利益やシェアではなく、サービスが止まると直ちに命の危機に瀕する可能性のある「利用者さん」と、それを最前線で支える「職員さん」の安全と生命です。介護施設にとってBCPは、人命救助活動そのものであり、その手段として「介護サービス」という事業を継続する必要があるんですね。
安全配慮義務違反のリスク
これは非常に重要な点ですが、企業(法人)は、従業員やサービス利用者に対し、安全な環境を提供する義務(安全配慮義務)を負っています。
BCPの策定を怠った結果、災害や感染症の発生時に適切な対応が取れず、利用者さんや職員さんの人命・健康に被害が生じた場合、法人は「安全配慮義務違反」に問われる可能性があります。
これは、民事上の重大な損害賠償責任に発展することもある、非常に深刻な経営リスクなんです。だからこそ、介護施設にとってBCPは「やっておいた方がいい」ものではなく、「必ずやらなければならない」ものなんですね。
介護施設のBCP義務化と罰則

先ほどの話にもつながりますが、介護施設については、このBCP策定が「義務化」されました。
2021年(令和3年度)の介護報酬改定で、新型コロナウイルス感染症のパンデミックや、頻発する自然災害を背景に、「介護サービスという社会インフラを止めないために」BCP策定が決定されました。そして、3年間の猶予期間(準備期間)を経て、2024年(令和6年)4月1日からは、完全に義務化されています。
これは、特定の施設形態に限定されていません。
- 特別養護老人ホーム、介護老人保健施設などの「入所系」
- デイサービスなどの「通所系」
- 訪問介護、訪問看護ステーションなどの「訪問系」
上記を含む、すべての介護サービス事業者が対象です。かなり広範囲ですよね。
策定しない場合の重大なデメリット(罰則)
「もし策定しなかったらどうなるの?」という点ですが、これはかなり重いペナルティ(「鞭」)が待っています。
- ① 介護報酬の減算:これが一番大きいかもしれません。BCPが未策定である場合、介護報酬が減らされてしまいます。これは施設の収益、つまり経営に直撃する極めて重大な措置です。
- ② 安全配慮義務違反のリスク:先ほどお伝えした通り、対策を怠った結果、被害が出た場合に法的な責任(損害賠償)を追及されるリスクがあります。
- ③ 信用の失墜:BCPを作っていないことが明らかになれば、利用者さんやそのご家族、地域社会からの信頼を失い、結果として利用者の減少を招き、施設の存続(事業継続)自体が危うくなる可能性もあります。
こうした背景から、介護施設ではBCP策定が急務となっているわけですね。
策定すべき2種類のBCP
ちなみに、厚生労働省の指針では、介護施設は2種類のBCPを策定することが求められています。(出典:厚生労働省「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」)
それは「①自然災害BCP」と「②感染症BCP」です。この2つは、想定するリスクと対策の重点が根本的に異なります。
自然災害BCPが、地震や水害で建物やライフラインといった「モノ」の損失への対応が中心なのに対し、感染症BCPは、職員さんが感染や濃厚接触で出勤できないという「ヒト」の損失(深刻な職員不足)への対応が中心になる、という大きな違いがありますね。
| 比較項目 | ① 自然災害 BCP | ② 感染症 BCP |
|---|---|---|
| 主な脅威 | 建物・設備の損壊、ライフライン(電気・水)の停止 | 職員の不足(感染・濃厚接触)、施設内クラスター |
| 主な被害 | 物理的リソース(モノ)の損失 | 人的リソース(ヒト)の損失 |
| 優先業務 | 利用者の安全確保、インフラ復旧、避難 | 感染拡大防止、職員の確保、業務縮小と優先順位付け |
| 重要な備蓄品 | 水、非常食、非常用電源、簡易トイレ | 個人防護具(PPE)、消毒液、医薬品 |
| 連携先 | 自治体、地域住民、他施設(福祉避難所として) | 保健所、医療機関 |
BCP策定に活用できる補助金

「義務化は分かったけど、対策にはお金がかかる…」というのが正直なところだと思います。特に非常用電源や備蓄品の購入は高額になりがちですよね。
でも、安心してください。国や自治体も、その負担を軽くするための支援策(「飴」)を用意してくれています。BCP策定や、そのために必要な設備投資に使える補助金や助成金があるんですよ。
活用できる可能性のある主な補助金・支援策
- 地域介護・福祉空間整備等施設整備交付金
これは介護施設向けですが、防災対策(BCP促進)にかかる設備導入費用、例えば非常用自家発電設備や給水設備などの導入に活用できる可能性があります。かなり強力な支援策ですね。 - 非常用電源・燃料備蓄に関する補助金
自治体によっては、BCPの要となる発電機や蓄電池の導入に特化した補助金(例:東京都の「BCP実践促進助成金」など)がある場合があります。 - IT導入補助金
BCP対策にはITの力も欠かせません。例えば、職員さんの「安否確認システム」や、リモートワーク・情報共有のための「クラウドサービス」の導入費用に、この補助金が使える可能性があります。 - 事業継続力強化計画の認定
中小企業や小規模事業者の場合、BCPの第一歩とも言える「事業継続力強化計画」を作って国(中小企業庁)から認定を受けると、設備投資への税制優遇(特別償却)や、日本政策金融公庫からの低利融資、信用保証枠の拡大といった金融支援を受けられる場合があります。 - 人材確保等支援助成金
BCP策定に伴って、新たな体制整備や職員さんへの研修実施などに関連する費用に活用できる可能性も考えられますね。
【ご注意ください】
補助金や助成金は、申請期間や条件(対象者、対象経費など)、予算が厳格に決まっています。また、年度によって内容が大きく変わることも多いです。
興味がある方は、必ずご自身の地域の自治体や、中小企業庁、厚生労働省などの公式サイトで最新の情報を確認するか、お付き合いのある社会保険労務士や中小企業診断士、税理士などの専門家にご相談くださいね。
これらを賢く活用すれば、義務への対応を「コスト」ではなく、施設の安全性と経営安定性を高める「投資」に変えることができるかもしれません。
BCP策定の6ステップと雛形

「じゃあ、具体的にどうやってBCPを作ればいいの?」という方のために、一般的な策定のステップを簡単にご紹介しますね。
これは組織の規模にもよりますが、だいたい、以下の6つのステップで進めていくことが多いかなと思います。
- 基本方針の立案
「なんのために自社はBCPをやるのか」という根本的な目的と基本方針を、経営トップの意思として明確にします。「従業員とその家族の生命を最優先で守る」「お客様への供給責任を果たす」「地域社会のインフラとして機能し続ける」など、組織の価値観を反映させます。これが全ての判断の拠り所になりますね。 - 運用体制の決定
平時に「誰が」中心になってBCPを策定・推進するのか(推進体制)、そして緊急時に「誰が」指揮を執るのか(緊急事態対策本部など)、責任者と役割分担を具体的に決めます。 - ビジネスインパクト分析(BIA)の実施
これがBCP策定プロセスで最も重要な分析です(詳しくは次のH3で解説します)。「どの事業を優先的に守るべきか」を科学的に特定します。 - 財務診断と事前対策の実施
ステップ3のBIAの結果に基づき、「じゃあ、どうやって守るか」という具体的な手段(BCS:事業継続戦略)を検討・実施します。これには、代替設備の導入、データのバックアップ、備蓄品の購入、代替オフィスの契約などが含まれます。同時に、これらにかかるコストを算出し、必要な資金を確保する財務的な計画も立てます。前述した各種補助金の活用も、この段階で具体的に検討します。 - 緊急時の対応計画(行動計画)の策定
緊急事態が発生した「その時」に、「いつ(発動基準)」「誰が」「何を」行うかを、時系列で具体的にまとめた行動計画(タイムライン)やマニュアルを作成します。「初動対応」「緊急対応」「復旧対応」といったフェーズに分けて整理すると分かりやすいですね。 - 定期的な訓練と見直し
BCPは「策定して終わり」では絶対にダメです。定期的に訓練(シミュレーション)を行い、計画が本当に機能するかを検証します。訓練で見つかった課題や、事業環境の変化(取引先が変わった、新設備を入れたなど)に基づき、BCPを継続的に見直し、改善(ブラッシュアップ)していくことが不可欠です。
雛形(ひながた)の活用がおすすめ
「ゼロから作るのは大変…」という場合は、中小企業庁が公開している「中小企業BCP策定運用指針」がとても参考になります。
この中には、BCP策定に使えるWord形式の「雛形(様式類)」がたくさん無料で提供されています。(例:様式04 従業員携帯カード、様式12 従業員連絡先リスト、様式19 被害状況確認チェックリストなど)
まずはこれをダウンロードして、自社の状況に合わせて書き込んでいくだけでも、BCPの基礎が作れるのでおすすめですよ。
最重要なBIA(ビジネスインパクト分析)とは

先ほどのステップ3で出てきた「BIA(ビジネスインパクト分析)」。これがBCP策定の「キモ」であり、「土台」になります。
BIAとは、もし地震やパンデミックなどの緊急事態で自社の業務が停止した場合、その停止が事業(経営)にどのような影響(インパクト)を、どれくらいの時間経過で与えるかを分析・評価する手法です。
会社や施設が持つリソース(人、モノ、金、情報)は有限ですよね。災害時に、その限られたリソースをどの業務に優先的に投入すべきかを決定するため、BIAの目的は、「これが止まったら会社(施設)が立ち行かなくなる」という「中核事業」を客観的に特定することなんです。
(例:製造業なら「主要顧客A社向けの製品ライン」、介護施設なら「医療的ケアが必要な利用者さんへの対応」や「給食提供」など)
BIAの進め方と「MTPD」「RTO」の設定
BIAの核心は、「時間軸」の概念を導入することにあります。
- 業務の洗い出し:まず、自社の全ての業務(製造、営業、人事、経理、介護、給食など)を洗い出します。
- 影響度評価:次に、各業務が「1日」「3日」「1週間」…と停止した場合に、会社の経営(売上、利益、資金繰り、顧客信頼、法令遵守、人命)にどれほど深刻な影響が出るかを分析・評価します。
- MTPD (最大許容停止時間) の設定:
MTPD(Maximum Tolerable Period of Disruption)は、特定した業務が停止した場合、事業の存続が不可能になる(例:致命的な信用の失墜、資金ショート、法令違反、人命の損失)までの「限界時間」を指します。これは「これ以上停止したら、もう復旧しても無駄になる」というデッドラインです。 - RTO (目標復旧時間) の設定:
RTO(Recovery Time Objective)は、その業務を「何時間(何日)以内に復旧させる」という「目標時間」を指します。
この2つの時間設定において、RTO(目標)は必ず MTPD(限界)よりも短く設定されなければなりません( RTO < MTPD )。当たり前ですが、手遅れになる前に復旧するのが目標ですよね。
RTOの設定は「経営判断」そのもの
BIA、特にRTOの設定は、単なる分析作業ではなく、BCP全体のコストを決定づける「経営判断」そのものです。
例えば、中核事業のRTOを「1時間」と設定した場合、それを達成するためには、莫大なコストを投じてリアルタイムでデータを同期する遠隔地のバックアップサーバーや、無停止電源装置(UPS)の導入が必須となります。これは非常に高コストです。
一方で、RTOを「3日」と設定した場合、対策は「1日1回のオフサイトバックアップ」と「非常用発電機」で十分かもしれません。コストは抑えられますが、3日間は事業が止まるリスクを受け入れることになります。
「どれだけ早く復旧したいか(=どれだけの緊急性を求めるか)」が、「どれだけのお金を対策に投資するか」を決定づけるわけですね。これはまさに経営判断だと思います。
緊急時の行動計画(タイムライン)

BIAによって「何を(中核事業)」「いつまでに(RTO)」復旧させるかが決まったら、次は「誰が」「どのように」実行するかの具体的な行動計画(タイムライン)を策定します。
① BCPの「発動基準」を明確にする
まず大事なのが、「いつBCPを発動するか」の基準(トリガー)をハッキリ決めておくことです。
ここが曖昧だと、「まだ大丈夫かも…」「もう少し様子を見よう…」と経営陣がためらっている間に初動が致命的に遅れ、被害が拡大してしまいます。誰が聞いても判断に迷わないよう、具体的かつ明確に定義しておく必要があります。
<発動基準の例>
- 自然災害:「事業所の所在地で震度5弱以上の地震が発生した時」「台風や豪雨により、〇〇(特定の河川)の氾濫に関する警報が発令された時」
- 感染症:「政府による『緊急事態宣言』が発令された時」「施設内(事業所内)で、最初の感染者が確認された時」
- 事業ベース:「中核事業のボトルネック(例:基幹システム、主要工場)が影響を受けた」かつ「RTO(目標復旧時間)内での復旧に、BCPの発動が必要と判断された時」
② 初動対応フロー
発動基準(トリガー)が満たされた際、組織は即座にあらかじめ定められた行動計画(フロー)に移行します。
- BCP発動と緊急事態対策本部の設置
BCPを発動します。あらかじめ定められたメンバー(通常は経営層や各部門長)が、指揮命令系統の中核となる「緊急事態対策本部」を設置します。可能な限り迅速に(例:発災から1時間以内、24時間以内など)立ち上げることが求められます。 - 被害状況の把握と二次災害の防止
まず、従業員や利用者の「人命の安全確保」を最優先します。負傷者の応急処置、火災発生時の初期消火、建物からの避難など、二次災害の防止に努めます。同時に、建物、設備、ライフライン(電気・ガス・水道・通信)の被害状況を迅速に把握します。 - 安否確認の実施
事業の復旧・継続には「ヒト(従業員)」が不可欠です。全従業員およびその家族の安否を迅速かつ確実に確認することが、復旧に向けた第一歩となります。これを手作業(電話連絡、メーリングリスト)で行うのは、混乱時において非常に困難です。 安否確認システム導入のメリット「安否確認システム」を導入することで、一斉メール送信、回答の自動集計、未回答者への自動催促、家族の状況確認、掲示板機能による指示伝達などが可能となり、対策本部の管理者の負担を大幅に軽減できます。BCP対策の中核となるITインフラであり、特に介護施設などのBCP義務化対応や、中小企業のBCP策定において、「IT導入補助金」の対象となる可能性がありますね。 - 代替手段による事業継続と復旧活動
対策本部は、収集された被害情報と、BIAで定められた「RTO」に基づき、中核事業を継続・復旧させるための代替手段(BCS)の実行を指示します。
(例:代替拠点(サテライトオフィス)への移動、代替調達先への発注、全社的なリモートワークへの切り替え、バックアップシステムからのデータ復旧など)
BCP訓練と見直しの重要性

BCPは、作って金庫や棚に保管される「文書」であってはならず、定期的な訓練を通じて検証・改善され続ける「生きた計画」でなければなりません。
策定されたBCPが、いざという時に本当に機能するかどうかは、訓練にかかっていると言っても過言ではないですね。
訓練で「計画の穴」を見つける
BCP訓練の目的は、主に以下の3点です。
- BCPの有効性の確認
計画された手順(例:安否確認、代替拠点への移動、バックアップデータの復旧)が、実際の緊急時にも机上の空論でなく、本当に機能するかを検証します。 - BCPの課題の発見
訓練をやってみることで、計画の「抜け・漏れ」や、想定していなかったボトルネック(例:連絡がつかない、鍵の管理者が被災、情報が錯綜、手順が複雑すぎる)を具体的に洗い出します。これこそが訓練の最大の成果ですね。 - 防災意識と当事者意識の向上
従業員が「災害は他人事ではない」「その時自分は何をすべきか」を具体的にイメージする機会となり、組織全体の防災意識と対応力を高めます。
やってみると、「連絡がつくはずの人と連絡が取れない」「鍵を持ってる人が被災した」「マニュアルの場所が分からない」など、机の上では気づかなかった問題が絶対に出てくるものです。
具体的な訓練内容
組織の習熟度に応じて、訓練のレベルを上げていくことが推奨されます。
- 初級(要素訓練):
安否確認訓練(システムやメールリストを用い、全従業員に一斉送信し、返信と集計を行う)、避難訓練(避難場所や経路の確認)、設備操作訓練(消火器、AED、非常用発電機、設備の緊急停止ボタンなどの操作方法を確認する)。 - 中級(機能別訓練):
代替施設への移動訓練(実際に代替オフィスへ移動し、業務(例:クラウドへの接続)が可能か検証する)、データ復旧訓練(バックアップデータからの復旧プロセスを実際に試行する)。 - 上級(総合訓練):
シミュレーション訓練(図上訓練)とも言います。特定の災害シナリオ(例:「震度6強の地震発生、火災、主要取引先との通信途絶」)を設定。訓練の進行役が、参加者(対策本部メンバーなど)に対し、時々刻々と変化する状況を与え、「あなたならどう判断し、どう行動しますか?」と問いかけ、考えさせ、判断させる高度な訓練です。
大事なのは、訓練を「やって終わり」にしないこと。訓練終了後、参加者の熱量が高いうちに「反省会(振り返り)」を実施し、「何が計画通りに機能し、何が機能しなかったか」を明確にします。
その訓練結果(課題)をBCP文書にフィードバックし、計画自体を修正・改善(ブラッシュアップ)していく。この「計画→訓練→評価→改善」のサイクルこそがBCM(事業継続管理)であり、BCPを実効性のある「生きた計画」へと進化させる唯一の方法なんだと思います。
BCPの備蓄ガイド:企業と介護施設が準備すべき防災用品

計画(ソフト面)ができたら、次はそれを実行するための「モノ」(ハード面)、つまり防災用品や備蓄品ですね。どんなに立派な計画があっても、水や食料、電源がなければ人は動けませんから。
ここでは、企業と介護施設、それぞれに特化した備蓄リストの考え方をご紹介します。
備蓄の基本:3日分とローリングストック

防災備蓄というと、「どれくらい必要?」とよく聞かれます。BCPの観点では、まず基本となる考え方があります。
なぜ「最低3日分」なのか?
企業(および介護施設)には、従業員(アルバイト、パート等を含む)の「最低3日分」の食料、水、その他の物資を備蓄することが、条例などにより義務または努力義務として定められています(例:東京都帰宅困難者対策条例)。
この「3日間(72時間)」という日数には、明確な根拠があるんですよ。
- 人命救助のタイムリミット(72時間の壁):災害発生後の72時間は、生き埋めになった方などの人命救助(救助・救急活動)が最優先されます。この活動を妨げないため、被災した従業員は職場に留まることが原則とされます。
- 一斉帰宅の抑制(帰宅困難者対策):災害直後に従業員が一斉に帰宅を開始すると、道路が帰宅者で溢れかえり、救急車や消防車、自衛隊などの緊急車両が通行できなくなります。また、火災や落下物など二次災害に巻き込まれる危険も非常に高いです。
つまり、「人命救助を妨げず、自らの安全を確保するため、安全が確認されるまで最長3日間はオフィス(事業所)で待機する」ために必要な量が「3日分」なんですね。
対象人数
備蓄量の目安は、「事業所にいる従業員の人数 × 3日分」が基本です。ですが、災害発生時にたまたま社内にいた来訪中のお客様や取引先の方が被災する可能性も考慮して、「プラス10%増分」の予備を見ておくことが推奨されています。
「3日分」はあくまで最低ラインです。東日本大震災や熊本地震、能登半島地震など、最近の大規模災害では、ライフライン(特に水道)や物流の復旧に1週間以上かかるケースも増えています。
企業の体力にもよりますが、可能であれば「1週間分」の備蓄を目指すのが、より安心ですね。
(参考記事:【防災士が解説】震度7はどれくらい?揺れの実態と安全を確保する知識)
管理のコツは「ローリングストック法」
備蓄品で一番怖いのが、「いざ使おうと思ったら賞味期限が切れていた…」という事態(食品ロス)です。また、管理が面倒で続かない、というのもよく聞く話です。
そこでおすすめなのが「ローリングストック法」です。これは、日常的に使用するものを備蓄品として管理する手法ですね。
ローリングストックの3ステップ
- 【1. 備える】
普段から使うもの(例:飲料水、レトルト食品、乾電池、トイレットペーパー、コピー用紙など)を、「少し多めに」買い置きします。(例:いつも1箱買うなら、2箱買う) - 【2. 食べる(使う)】
普段の生活や業務の中で、賞味期限や使用期限の「古いものから」順に消費していきます。 - 【3. 買い足す】
食べたり使ったりした分だけ、新しく買い足し、補充します。
このサイクルを回すことで、特別な管理コストや食品ロスを発生させることなく、常に一定量の「新しい」備蓄が手元にある状態を維持できるんですよ。備蓄を「特別なもの」と捉えないのがコツですね。
【リスト】企業向けのオフィス備蓄品

一般企業の防災備蓄は、従業員さんがオフィスで3日間、安全かつ衛生的に「待機」できること(帰宅困難者対策)を主目的とします。
あくまで一例ですが、「1名あたり・3日分」の目安として、特に重要度の高いとされる備蓄品チェックリストです。
| カテゴリ | 品目 | 数量目安(1名あたり) | 備考(なぜ必要か) |
|---|---|---|---|
| 飲料水 | 水(ペットボトル) | 9L (1日3L × 3日) | 最重要。飲料水および調理用水として。 |
| 食料 | 主食(アルファ米、缶パン、レトルト食品) | 9食 (1日3食 × 3日) | 火や水がなくても食べられるものが望ましい。 |
| 補助食(お菓子、栄養補助食品) | 適量 | 精神的なストレス緩和にも役立ちます。 | |
| 衛生用品 | 簡易トイレ(凝固剤タイプ) | 15回分 (1日5回 × 3日) | 水道停止時の最重要アイテム。衛生環境維持に不可欠。 |
| トイレットペーパー、ティッシュ | 各1個 | トイレ以外にも多用途に使えます。 | |
| ウェットティッシュ、清拭タオル | 各1個 | 断水時の身体の清拭用。感染症予防にも。 | |
| 寝具・防寒 | 毛布 / 寝袋 / 保温アルミシート | 1枚 (いずれか) | 一人あたり一枚以上。床は冷えます。 |
| エアマット | 1枚(推奨) | 固い床での雑魚寝は体力を奪うため。 | |
| 情報・電源 | 携帯ラジオ(乾電池式) | 部署に数台(共有) | 停電時の情報収集に必須。 |
| 懐中電灯(乾電池式) | 1台(共有可) | 夜間の移動や安全確認に。 | |
| 乾電池(ラジオ・ライト用) | 予備を多数 | ローリングストックで管理推奨。 | |
| 医療・安全 | 救級セット(包帯、絆創膏、消毒液) | 1セット(共有) | ケガの手当てに。 |
| ヘルメット、軍手(作業用手袋) | 各1(推奨) | 落下物対策、ガラス片などの撤去作業用。 |
特に「簡易トイレ」は忘れがちですが、絶対に必要です。
災害時、高層ビルや事業所では、停電によるポンプ停止や断水で、水洗トイレはほぼ確実に使えなくなります。トイレが使えないと、人間は水分や食事を控えるようになり、体調を崩す(エコノミークラス症候群など)という悪循環に陥ります。
また、ビル全体の衛生環境が一気に悪化し、感染症の原因にもなります。これは精神的にもかなりキツい状況になりますので、人数分(1日5回×3日分)は必ず備蓄しておくことを強くおすすめします。
(参考記事:防災トイレの選び方と必要数 携帯トイレ・凝固剤・災害時の使い方を防災士が詳しく解説)

【リスト】介護施設に必要な専門的備蓄品

一方、介護施設の備蓄は、一般企業の「待機」目的とは根本的に異なります。入居者さん・利用者さんの命を守り、医療・介護サービスを「継続」するための、より専門的な物資が不可欠です。
先ほどの一般企業の備蓄(水、食料、簡易トイレなど)に「加えて」、以下の専門的備蓄が必須となります。
| カテゴリ | 品目 | 備考(なぜ必要か) |
|---|---|---|
| 医療・電源 | 医療機器用の非常用電源 (蓄電池・発電機) | 最重要項目です。停電が発生した際、医療機器の動作を保証するためです。 具体的には、電動介護ベッド、たん吸引器、人工呼吸器といった、停止が直ちに人命に関わる機器を稼働させ続ける電源確保が求められます。 |
| 医薬品(常備薬) | 利用者さんごとの常備薬と、その情報を管理する「お薬手帳」のコピーをセットで管理。災害時にすぐ持ち出せるように。 | |
| 食料 (介護食) | 高齢者向けの非常食(介護食) (きざみ、ミキサー食、流動食) | 災害時の避難所での支給品(乾パン、インスタント食品など)は、高齢者、特に嚥下機能が低下している方にとっては食べづらい(誤嚥のリスクがある)ものが大半です。 利用者の普段の食事形態に合わせた介護食の備蓄が不可欠です。 |
| とろみ剤 | 水分補給に必須。水やお茶に溶かして使います。 | |
| 衛生 (排泄) | おむつ(大人用) | 排泄介助に必須です。利用者さんのサイズや種類に合わせて備蓄します。 おむつはその高い吸収力から、汚れた場所の清掃、水の処置、応急手当の補助など、多用途に使える非常に有用な防災用品でもあります。 |
| 清拭タオル、ドライシャンプー | 入浴ができない状況が続くため、身体の清潔を保つ(感染症予防)ために必要です。 | |
| 消毒液、手袋、ガウン(PPE) | 感染症BCPと共通。排泄物処理やケアの際の感染防止に必須。 |
災害時に避難所で配られる乾パンやインスタント食品は、高齢の方には食べられない(誤嚥のリスクがある)ことがほとんどです。一般の備蓄品では対応できない、利用者さんの状態に合わせた「専用の備え」が、介護施設には求められるんですね。
企業や介護施設での備蓄品をまとめて準備するのは大変ですが、防災士が監修した実用的な防災セットなども市販されています。法人向けの対応や、カスタマイズ(介護食の追加など)が可能な場合もあるので、そういったサービスを利用するのも一つの手ですね。
(参考:防災セット・防災リュック通販【HIH公式】ふくしま発)
よくある質問(防災士が回答)
Q1:そもそも「BCP(事業継続計画)」とは何ですか?
A:BCPとは “Business Continuity Plan(事業継続計画)” の略で、災害・感染症・サイバー攻撃など万が一の事態が起きても、「事業を止めない・早く立ち直る」ための計画を意味します。:contentReference[oaicite:1]{index=1}
Q2:中小企業や個人事業主でもBCPは必要ですか?
A:はい。大企業だけではなく、従業員・設備・取引先に依存する中小企業・個人事業主こそ、被災時の影響を大きく受けやすいため、BCP策定が「強み」となります。例えば、災害で設備停止やサプライチェーン遅延が起きると事業継続が困難になるケースがあります。
Q3:防災計画とBCPは何が違うのですか?
A:防災計画は「人命・財産を守る」ことが中心ですが、BCPはそれに加えて「事業を継続・早期復旧する」ことが目的です。つまり、BCPはより広範なリスク(自然災害・パンデミック・サイバー攻撃など)を対象に、企業の機能を維持・回復させる計画と言えます。
Q4:BCP策定に必要なステップはどんなものがありますか?
A:一般的なステップとして以下が挙げられます:
- 経営トップからの基本方針・優先すべき業務の明確化
- リスク分析・業務影響度(BIA:Business Impact Analysis)の実施
- 対応策・復旧手順・連絡体制・資源確保など計画化
- 定期的な訓練・見直し・更新
こうした流れを押さえることで、実効性のあるBCPが策定できます。
Q5:BCPを策定しないとどんなリスクがありますか?
A:策定がない・不十分な事業継続体制の場合、以下のようなリスクがあります:
- 被災後の対応が遅れ、顧客・取引先を失う可能性
- 従業員の安全確保・運営体制が崩れ、「安全配慮義務違反」として法的責任を問われる可能性
- 取引先・金融機関・行政からの信用低下・契約断念・融資困難化
こうしたリスクを避けるためにも、BCP策定は早期に始めることがおすすめです。
Q6:防災備蓄や緊急対応だけでBCPは十分ですか?
A:防災備蓄(物資・避難計画)はBCPの重要な一部ですが、BCPはそれだけでは完結しません。災害時の“事業を止めないための”人・情報・代替手段・復旧ルートなどが含まれます。つまり、備蓄+業務継続の視点が必須です。
Q7:BCP策定後、どのように維持・運用すればいいですか?
A:策定後の維持・運用では以下がポイントです:
- 定期的な見直し:年1回以上、想定リスク・業務内容・資源状況を変更に合わせて更新
- 訓練・検証:模擬訓練・ケーススタディを実施し、改善点を洗い出す
- 社内浸透:全従業員が計画を理解し、自分の役割を把握していること
- 外部連携:取引先・地域・行政と連携を維持し、事業継続ネットワークを構築
こうした運用によって「策定して終わり」ではなく、実効性ある仕組みになります。
まとめ:BCP対策の基礎と備蓄ガイド総括

今回は、BCP対策の基礎と備蓄ガイドとして、特に企業や介護施設が必ず準備すべき防災用品と行動計画について、私の視点でお話しさせていただきました。
BCPは、難しい書類を作ることが目的ではありません。いざという時に、大切な従業員さんや利用者さんの「命」を守り、自分たちの「事業(生活の基盤)」を守るための、実践的な行動計画です。
特に介護施設では2024年4月から義務化もされていますが、これはペナルティ回避のため(「鞭」)ではなく、利用者さんの安全を守るという本来の目的のために、ぜひ前向きに取り組んでほしいなと思います。補助金(「飴」)なども賢く活用して、実質的な安全性を高める「投資」として捉えていただけると嬉しいですね。
そして、BCPは「作って終わり」では絶対に機能しません。ぜひ、安否確認訓練や図上訓練など、できるところからでいいので「訓練」を取り入れ、定期的に「見直し」を行ってください。そのサイクル(BCM)こそが、計画を「生きたもの」にしてくれます。
この記事が、皆さんの組織のBCP対策を始める「はじめの一歩」のきっかけになれば、防災士としてとても嬉しいです。
