スーパーで売ってる非常食になるもの


株式会社ヒカリネット HIH 防災士 後藤秀和
私は福島県在住の防災士として東日本大震災を経験し、その後も地域での防災活動に尽力してまいりました。あの日の経験は、私たちに「備え」の重要性を痛感させました。特にライフラインが途絶し、支援物資が届くまでの数日間を生き延びるために、「食料」の確保は最も現実的で、かつ心の支えとなる備えの一つです。
「非常食」と聞くと、特別な長期保存食品をイメージしがちですが、実は私たちは日頃から利用している「スーパーマーケット」で、非常に優秀な非常食を日々購入しているのです。
あの日から考える「備え」のリアリティ

東日本大震災から、もうずいぶんの時が流れました。しかし、私たちが目の当たりにした光景は、決して風化させてはいけない教訓です。電気、ガス、水道が止まり、道路が寸断され、店から商品が消える。救援物資が届くまでの間、自分の命を守り、家族を支えるための「自給力」が問われます。
この自給力の中でも、最も重要かつすぐに実践できるのが「食料の備蓄」です。
1. 「非常食」の誤解と、私たちが目指すべき備蓄
一般的に「非常食」と呼ばれるものは、多くの場合、賞味期限が5年や7年と非常に長く、水やお湯を加えて食べるタイプのアルファ化米や、長期保存パンなどです。これらは素晴らしい製品ですが、いくつか課題があります。
- 価格が高い: まとめて購入すると、それなりの出費になります。
- 味の単調さ: 種類が限られており、数日間の食事としては飽きやすいです。
- 置き場所の確保: 家族全員の分を数日分確保するには、広い収納スペースが必要です。
- 「食べる訓練」の不足: 賞味期限が長いゆえに、普段食べることがなく、いざという時に「食べ慣れない」ストレスが生じます。
私たちが目指すべき備蓄は、特別な非常食だけを頼りにするのではなく、「日常備蓄(ローリングストック法)」を核とした、現実的で持続可能な備蓄です。
2. ローリングストック法の真髄
ローリングストック法とは、普段利用している食品を少し多めに購入し、食べた分だけ新しく買い足していく方法です。これにより、常に一定量の食品が家庭内にあり、かつ賞味期限切れを防ぐことができます。
この方法の最大の利点は、「普段食べているものを備蓄する」ため、被災時でも心理的な安心感が得られることです。そして、このローリングストックの主戦場こそ、他でもない「スーパーマーケット」なのです。
ここからは、スーパーで手に入る食品を、被災後の状況を想定したカテゴリに分け、その実用性と備蓄のポイントを徹底的に解説していきます。
被災後の初期段階(電力・水道停止)を乗り切る「即戦力」食品

震災発生直後、最も困難なのは「火が使えない」「水が使えない」「電気がない」という状況です。この段階で必要とされるのは、開封後すぐに調理不要で食べられる食品です。スーパーでは、これらの「即戦力」となる食品が豊富に手に入ります。
1. そのまま食べられる「主食」
被災直後の主食は、エネルギー源であると同時に、精神的な安定にも繋がります。
A. 缶詰・レトルトご飯
- 特徴: 密封されており、温めずにそのまま食べられます。レトルトパウチのものも、スプーンやフォークで食べられるものが増えています。
- 備蓄のヒント:
- 種類: 白米だけでなく、赤飯、五目ご飯など、味付きのものを混ぜて備蓄すると、飽きを防げます。
- 食べ方: そのままではパサつきを感じる場合は、少しの缶詰の汁(サバ缶など)と混ぜると、食べやすくなります。
B. パック入りの餅(切り餅)
- 特徴: 高カロリーで腹持ちが良い。未開封のものは長期保存が可能で、非常食として非常に優秀です。
- 備蓄のヒント:
- 調理: 水道が止まっていても、ペットボトル飲料水と組み合わせて、水に浸すだけで数時間後には柔らかくなり、そのまま食べることができます(きな粉、あんこなどのトッピングも併せて備蓄)。
- エネルギー: 少ない量で高カロリーが摂取できるため、非常時の活力にもなります。
C. 菓子パン・クラッカー
- 特徴: 賞味期限が比較的長く、そのまま食べられます。特にクラッカーは水分が少ないため、そのまま食べるだけでなく、缶詰の具材を乗せてカナッペのようにして食べられます。
- 備蓄のヒント:
- パン: 長期保存可能な「ロングライフパン」(保存期間数ヶ月~1年)は、スーパーのパンコーナーに必ずあります。日常使いしつつ、常に3~5個はストックしておきましょう。
- クラッカー: シンプルな味のものを選ぶと、甘いものや塩辛いもの、どちらとも組み合わせやすく便利です。
2. 貴重なタンパク源・ビタミン源「おかず」
主食だけでは、栄養が偏り、体調を崩しやすくなります。タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルは、身体の回復力と抵抗力を維持するために不可欠です。
A. 魚介・肉の缶詰(サバ缶、ツナ缶、焼き鳥缶など)
- 特徴: 最強の非常食です。調理済みで、高タンパク、骨まで食べられる魚缶はカルシウム源にもなります。汁にも栄養が溶け出しているため、捨てずに主食と混ぜて食べましょう。
- 備蓄のヒント:
- 味付け: 醤油味、味噌味、水煮など、様々な味付けを揃えておくと、毎日食べても飽きにくいです。
- 多様な用途: ツナ缶はそのままサラダの具材(備蓄野菜と)に、サバ缶はご飯のおかずにと、用途が広いです。
B. レトルトのおかず(カレー、シチュー、肉じゃがなど)
- 特徴: 温めなくても食べられるレトルト食品が増えています。特に湯煎不要でそのまま食べられるタイプは重宝します。
- 備蓄のヒント:
- 野菜入り: 肉だけでなく、ジャガイモや人参などの野菜が入っているものを選ぶと、ビタミン、ミネラルも補給できます。
- 種類: カレーやシチューは食欲増進効果もあるため、ローテーションに加えることをおすすめします。
C. ドライフルーツ・ナッツ類
- 特徴: 小さな一粒に栄養が凝縮されています。ドライフルーツはビタミンや食物繊維、ナッツ類は良質な脂質やミネラルが豊富です。そのまま食べられるため、小腹が空いたときのおやつにもなります。
- 備蓄のヒント:
- 小分けパック: 少量ずつ小分けになっているものが、湿気りにくく、持ち運びにも便利です。
- 塩分・糖分: できるだけ無塩・無糖のものを選ぶと、健康的な備蓄になります。
3. 水分・栄養補給のための「飲料」
人間の命は、食料よりも水なしでは持ちません。飲料水は、飲用だけでなく、食器を洗ったり、体を拭いたりするのにも必要です。
A. ペットボトル飲料水
- 特徴: 最も重要な備蓄品です。一人あたり1日3リットルを目安に、最低3日分(理想は1週間分)は確保しましょう。
- 備蓄のヒント:
- ローリングストック: 箱買いして、普段から飲む分をこの備蓄水から出し、飲んだ分をすぐに買い足す、というルールを徹底します。
- 保存場所: 直射日光の当たらない涼しい場所で、定期的に賞味期限をチェックします。
B. 野菜ジュース・スポーツドリンク
- 特徴: 水分補給だけでなく、野菜ジュースはビタミン・ミネラル、スポーツドリンクは電解質や糖分を補給できます。特に脱水症状が懸念される夏場や、体調不良時には重要です。
- 備蓄のヒント:
- 長期保存パック:賞味期限が数ヶ月~1年程度あるものを備蓄します。
C. 経口補水液(ORS)
- 特徴: 脱水症状の治療に使われる飲料です。嘔吐や下痢などで体力を消耗した際に、水だけを飲むよりも効率よく水分と電解質を補給できます。
- 備蓄のヒント:
- 常備薬と一緒に: 常備薬の保管場所の近くに、数本必ずストックしておきましょう。
被災後の復旧段階(カセットコンロが使える)で役立つ食品

被災後、数日が経過し、カセットコンロやガスボンベが使えるようになったら、食事の幅は格段に広がります。温かい食事は、疲労した身体を癒し、ストレスを軽減する上で非常に大きな効果があります。温かい味噌汁一杯で、涙が出るほど安心した経験を私は忘れません。
この段階では、「乾燥食品」「乾麺」「火を通せば保存が効く食材」がスーパーでの備蓄対象となります。
1. 温かい主食の準備
A. 乾麺(パスタ、ラーメン、うどん、そうめん)
- 特徴: 長期保存が可能で、調理には水と火が必要ですが、熱源さえあれば手軽に温かい麺料理が作れます。
- 備蓄のヒント:
- パスタ: パスタソースの缶詰やレトルト(温めなくても食べられるタイプ)とセットで備蓄します。
- うどん・そうめん: 麺つゆの濃縮タイプも併せて備蓄します。汁物として、温かい食事は格別です。
B. 乾燥米(お米)
- 特徴: 通常のお米も、長期保存食として優秀です。精米されたお米は、常温保存で約1年程度は美味しく食べられます(低温保存が理想)。
- 備蓄のヒント:
- 無洗米: 研ぐ手間も不要、貴重な水の節約になります。
- 炊飯方法: カセットコンロと鍋で炊飯できるよう、普段から練習しておくことが重要です。
2. 乾燥・保存が効く「おかず」と「調味料」
A. 乾物(高野豆腐、乾燥わかめ、ひじき、切り干し大根)
- 特徴: 水で戻す手間はかかりますが、長期保存が可能で、ミネラルや食物繊維が豊富です。栄養の偏りを防ぐための「最強の副菜」です。
- 備蓄のヒント:
- 高野豆腐: 貴重な植物性タンパク源。水またはお湯で戻し、缶詰の煮汁などで味付けすれば、立派なおかずになります。
- 味噌汁の具: 乾燥わかめや乾燥ネギは、味噌と併せて備蓄しておけば、温かい味噌汁を手軽に作ることができます。
B. フリーズドライ食品
- 特徴: 味噌汁、スープ、お粥など、お湯さえあればすぐに調理できます。軽くて持ち運びにも便利なため、リュックにも入れやすいです。
- 備蓄のヒント:
- 種類: 味噌汁だけでなく、卵スープやミネストローネなど、洋風のものも揃えると、気分転換になります。
C. 調味料(塩、砂糖、醤油など)
- 特徴: 料理の味付けだけでなく、保存食を作るためにも欠かせません。特にお塩は、ミネラル補給にも役立ちます。
- 備蓄のヒント:
- 小分けパック: 醤油や油は、未開封の小分けパックで備蓄しておくと、開封後の劣化を防げます。
- 粉末だし: 顆粒だしは、味噌汁や煮物など、様々な料理の基本となるため、必ず備蓄しておきましょう。
3. 被災後の食卓を彩る「日持ちする野菜」
ビタミンや食物繊維の不足は、免疫力の低下や便秘を引き起こします。スーパーでは、冷蔵庫がなくても比較的日持ちする野菜が手に入ります。
A. 根菜類(ジャガイモ、玉ねぎ、人参)
- 特徴: 風通しの良い日陰で保存すれば、数週間~数ヶ月持ちます。煮物やカレーの具材として、主食と組み合わせて使えます。
- 備蓄のヒント:
- 保存: 土付きのまま、ネットなどに入れて吊るして保存するのが最も長持ちします。
- 調理: 缶詰やレトルト食品と混ぜて煮込めば、栄養価の高い温かい一品になります。
B. キャベツ・白菜(丸ごと)
- 特徴: 外側の葉を数枚残して新聞紙などで包み、涼しい場所に置いておけば、ある程度の日持ちがします。
- 備蓄のヒント:
- 活用: スープの具材として使うと、かさが減り、温かい汁物として栄養を摂取できます。
備蓄を成功させるための「スーパーでの買い物術」

「備蓄」というと、特別な日に行うものと思われがちですが、ローリングストック法であれば日々のスーパーでの買い物の中に自然と組み込むことができます。
1. 「いつもの買い物」に+α
A. 1/3ルール
いつも購入している食品(缶詰、レトルト、パスタ、飲料水など)が残り3食分になったら、1食分買い足す、というルールです。これにより、常に最低3食分は備蓄されている状態を保ちます。
B. 「特売日」の活用
スーパーのチラシは、防災計画の重要なツールです。特売日に普段使うもの(ツナ缶、水、乾麺など)を少し多めに購入すれば、家計に負担をかけずに備蓄量を増やせます。
C. 「棚の一番奥」の法則
スーパーでは、手前の商品から売れていくため、棚の一番奥にある商品の方が新しく入荷した=賞味期限が長いことが多いです。備蓄品を購入する際は、棚の奥から取る習慣をつけましょう。(フードロス削減には反する行為になります)
2. 「あると助かる」補助食品・嗜好品
被災後の生活は、精神的なストレスが非常に大きいです。食事は栄養補給だけでなく、「生きる喜び」や「心の慰め」にもなります。
A. 甘いもの(チョコレート、飴、ようかん)
- 特徴: 高カロリーで、すぐにエネルギーに変わります。特にチョコレートは、疲労回復や精神安定の効果もあります。
- 備蓄のヒント:
- ようかん: 缶詰や長期保存可能なパウチ入りのようかんは、そのまま食べられ、高カロリーなため、備蓄食として非常に優秀です。
B. お茶漬けの素、ふりかけ
- 特徴: 簡素なご飯でも、これらを加えるだけで、美味しく食べられます。特に、お茶漬けの素は、温かいスープ代わりにもなり、食欲がない時にも役立ちます。
C. ビタミン剤・サプリメント
- 特徴: 食事が単調になりがちな被災時、ビタミンやミネラルが不足しがちです。サプリメントで補う準備をしておきましょう。
- 備蓄のヒント:
- マルチビタミン: 1錠で複数の栄養素が補給できるマルチビタミンを常備薬と一緒に備蓄します。
食料備蓄の総仕上げ

これまでに挙げた「スーパーで売ってる非常食になるもの」は、単なる食料のリストではありません。これらは、被災という非日常において、「日常を取り戻すためのアイテム」であり、私たちを支える「心の栄養」です。
私たちは、スーパーに行くたびに、知らず知らずのうちに、自分の命と家族の安心を買い足しているのです。
ここまで食品の備蓄について、その種類、調理方法、買い方まで、私の経験を交えて詳細に論じてきました。しかし、これらの備蓄食料を活かすためには、最後に最も重要な備えが不可欠です。
食料、水、そして熱源。これらが揃っても、災害直後の混乱の中で、すぐにそれらを取り出し、安全な場所に移動できなければ意味がありません。
大地震や津波、あるいは水害は、いつ、どのタイミングで私たちを襲うか分かりません。就寝中かもしれませんし、外出中かもしれません。
自宅に完璧な備蓄があったとしても、家屋が倒壊したり、火災で近づけなくなったりすることもあるのです。
リュックも用意しておく
「備蓄食料の一部を、すぐに持ち出せる非常持ち出し用リュックサック(一次避難用バッグ)に詰めておく」
これが、スーパーで売っている非常食を、真に「命を繋ぐ食料」に変える総仕上げです。
1. リュックに詰める「即戦力」食品(1日分目安)
- 水: 500mlペットボトルを2~3本(約1.5L)。
- 主食: 缶詰・レトルトご飯(1食分)、ロングライフパン(1個)、高カロリービスケット・クラッカー(1箱)。
- おかず: ツナ缶、サバ缶など、そのまま食べられる缶詰(1缶)。
- 栄養補給: チョコレートやようかん、栄養補助食品(カロリーメイトなど)。
- その他: 割り箸、簡易的なゴミ袋。
これらの食品は、あなたがスーパーに行った際に、他の防災グッズ(懐中電灯、ラジオ、着替えなど)と一緒にすぐにリュックに詰めることができるものです。リュックに詰める食料は最小限にするのが鉄則です。一時避難を目的とするため、食料以上に優先して持ち出すべき物があるからです。また、詰めすぎると重量的に避難の妨げになります。
2. 「分散備蓄」の重要性
食料備蓄は、一つの場所にまとめておくのではなく、自宅のキッチンと「非常持ち出しリュック」に分散させるべきです。
- 一次避難用リュック: 災害直後、すぐに避難所や安全な場所に移動するための最低限の食料・水・道具。
- 自宅備蓄: ライフラインが復旧するまでを自宅で過ごすための1週間分以上の食料・水。
この分散備蓄こそが、私たち防災士が推奨する、最も安全で確実な備えの形です。
東日本大震災の経験から得た教訓は、「備えは生活の一部である」ということです。特別なことではありません。日々のスーパーでの買い物を見直すこと、そして、その備えを「いつでも持ち出せる」状態にすること。
食料備蓄を始めるときは、まずスーパーに行き、普段のお買い物のカゴに、缶詰や水、ロングライフパンを少し多めに加え、帰宅後、その一部を、既に玄関先に置いた「リュック」に詰めることから始めてください。
この小さな一歩が、あなたの未来と、大切な家族の命を守る大きな力となることを、防災士として心から願っております。
