なぜ水は3日分?体のしくみと水の科学

なぜ水は3日分?体のしくみと水の科学
こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。
防災備蓄で「水は最低3日分」とよく聞きますよね。でも、なぜ3日分なのか、その根拠をちゃんと知っていますか?「72時間の壁」と関係があるの?「1人1日3リットル」の理由は?「水道水は腐るの?」「ペットボトルの賞味期限切れは飲める?」など、水に関する備蓄の疑問は尽きないかもしれません。
私も防災士として、また福島で震度6弱を3回経験した被災者として、水の備蓄の重要性は身に染みて感じています。この記事では、そうした皆さんの疑問について、防災士の視点から「体のしくみ」と「水の科学」という2つの側面から、中学生にも分かるように簡単に、そして少し詳しく解説していきますね。
- なぜ「3日分」と言われるのか、その本当の理由
- 水がないと体はどうなる?(脱水症状の危険性)
- 水道水が腐る仕組みとペットボトルの賞味期限の謎
- 飲料水と生活用水(トイレ)の重要な関係

なぜ水を3日分備蓄するの?社会のしくみと科学的根拠

まず、この「3日分」という数字の根拠から見ていきましょう。多くの人が誤解しがちなのですが、実はこれ、「体が3日間しか持たないから」という単純な理由だけじゃないんです。むしろ、私たちが生活する「社会」のインフラや、救助活動のしくみが深く関係しているんですね。
備蓄が3日分と言われる理由

「3日分の備蓄」と聞くと、多くの人が「人間が水を飲まなくても生きられる限界が3日だから」と思っているかもしれません。もちろん、医学的に水分補給なしで3日間というのは非常に危険なラインですが、備蓄量が「3日」とされている一番の理由は「社会的なロジスティクス(物流と救助活動)」にあるんです。
想像してみてください。もし大地震が起きた直後、まだ助けを必要としない、自力でなんとかできる人たちまでが一斉に支援物資を求めたり、安全な場所へ車で移動を始めたりしたら、どうなるでしょうか?
道路は支援を求める車や人で溢れかえり、大渋滞が発生します。そうなると、本当に助けが必要な場所(例えば、倒壊した家屋の下敷きになっている人を助けに行く救助隊や、重傷者を運ぶ救急車)へ、緊急車両がたどり着けなくなってしまうんですね。
つまり「3日分」とは、「救助を必要としない人々が、人命救助活動を妨げることなく、その場で自力で待機・生存するために必要な最低限の期間」として設定された、社会全体で一人でも多くの命を救うための「社会防衛上」の戦略的な数字なんです。
72時間の壁と救助活動

災害発生後の「72時間」は、人命救助における「72時間の壁」と呼ばれています。これは、災害救助の現場でよく使われる言葉で、倒壊した建物などに閉じ込められた人の生存率が、72時間(3日間)を境に急激に下がってしまうとされる時間です。
もちろん72時間を過ぎたら助からないという意味ではありませんが、体力や水分の限界から、生存率が大きく低下してしまう分岐点と考えられています。だからこそ、この「黄金の時間(ゴールデンアワー)」とも呼ばれる72時間以内に、救助隊や緊急車両がどれだけスムーズに活動できるかで、助かる命の数が大きく変わってきます。
私たちが「3日分の備蓄」を持ってその場でじっと待機することは、道路を緊急車両のために空け、間接的に人命救助活動に協力することにも繋がる、非常に重要な行動なんですね。
備蓄の「3日間」が持つ社会的な意味
- 救助隊や緊急車両の通行(ロジスティクス)を妨げないため
- 生存率が急激に下がる「72時間の壁」までに救助活動を集中させるため
- 自力で生存できる人が、社会的な混乱(支援物資への殺到など)を避けるため
ライフライン復旧の現実

「じゃあ、3日分あれば絶対安心だね」と思うかもしれませんが、残念ながらそうとも言えないのが現実です。なぜなら、「3日経てばライフラインが復旧する」わけでは、まったくないからです。
電気やガスと比べて、「水道」は最も復旧が遅いインフラの一つです。理由は簡単で、水道管は私たちの目に見えない「地中」に、それも網の目のように広範囲に埋設されているからです。地震で地盤が動けば、多くの場所で同時に破損したり、ズレたりします。その膨大な破損箇所を特定し、掘り起こして修理するのは、膨大な時間と労力がかかります。
実際の復旧目安(震度別)
これはあくまで過去のデータや被害想定に基づく目安ですが、この現実を知っておくことが非常に重要です。(出典:中小企業庁『財務診断モデルにおける緊急時被害想定方法』)
| 震度 | 水道の復旧目安 | ガス | 電気 |
|---|---|---|---|
| 震度6弱 | 半月 | 1ヶ月 | 1~2日 |
| 震度6強 | 1ヶ月 | 2ヶ月 | 3~4日 |
| 震度7 | 2ヶ月以上 | 3ヶ月以上 | 1週間 |
この表を見ると、電気が比較的早く復旧するのに対し、水道やガス(特に地中に配管がある都市ガス)の復旧がいかに遅いかが一目瞭然ですよね。
支援の「空白期間」に注意
このデータが示す最も恐ろしい現実は、「3日間の救助期間」が終わった後も、水道がまったく復旧しない「空白の期間」が続く可能性が非常に高い、ということです。
もちろん、4日目以降は公的な給水支援(給水車)が始まります。しかし、給水車が自分の地域にいつ来てくれるかは分かりませんし、来ても長蛇の列で何時間も待つことになります。さらに、水は重いので、受け取れる量も「1人あたり〇リットルまで」と制限されることがほとんど。それを毎日繰り返すのは、本当に大変なことなんです。
災害時の水の必要量とは

備蓄の基準として「1人1日あたり3リットル」とよく言われます。この3リットルという量は、人間が生命を維持するために必要な最低限の水分量として設定されています。
この「3リットル」の内訳は、だいたい以下のようになっています。
- 飲料水:約2リットル
文字通り飲むための水です。体内の水分を保つために必須です。 - 調理や衛生用の水:約1リットル
非常食(アルファ米やレトルト食品)を戻したり温めたりする調理用、そして最小限の衛生(歯磨き、手洗い、顔を拭くなど)に使う水です。
ただ、これは本当に「最低ライン」です。これはあくまで標準的な成人の目安であり、状況によってはこれ以上必要になります。
状況別で考える必要量
例えば、夏場の暑い時期は汗を大量にかくので、飲料水はもっと必要になりますよね。また、ご家庭の状況によっても必要量は変わってきます。
- 乳幼児:ミルクを作るための水(衛生的な水)が別途必要です。
- ご高齢の方:体温調節機能が低下しているため脱水になりやすく、また薬を飲むためにも水が必要です。
- 持病がある方:薬の服用や、特定の処置(経管栄養など)に清潔な水が必要な場合があります。
ですから、「1人1日3リットル」は最低限の基準として確保しつつ、ご自身の家庭環境に合わせてプラスアルファで備える、という考え方が安全かなと思います。
備蓄は1週間分が新常識?

先ほどのライフライン復旧の現実(水道復旧には震度6弱でも半月かかる)を見ると、「3日分」はあくまで「人命救助活動期間を乗り切る最低ライン」でしかないことが、お分かりいただけたかと思います。
「3日分」が尽きた後、いつ来るか分からない給水車に延々と並び続ける生活を避けるため。つまり、公的な支援(公助)に過度に依存せず、「自分(自助)」の力で「支援の空白期間」を乗り切るために、防災戦略は変わりつつあります。
備蓄目標のシフト(目的の違い)
- 3日分(最低限):
目的:人命救助活動を妨げず、公助(給水車など)が始まるまでを生き延びるため。 - 1週間分(推奨):
目的:公助に過度に依存せず、ライフライン(水道)の初期復旧までを視野に入れた、より安心な「自助」のための備え。
私も防災士として、そして福島で被災した経験から、「最低3日分、可能であれば1週間分(1人あたり21リットル)」を備えることを強く、強くおすすめしています。あの「水がない」という不安は、経験した人にしか分からないほど大きなストレスです。備えは十分すぎるくらいで、ようやく「安心」が手に入るものだと感じています。

体のしくみと水の科学から解明!3日分備蓄の重要性

ここからは視点を変えて、「なぜ人間にとって水がそんなに大切なのか?」を体のしくみ(生理学)や、水の科学的な性質から見ていきましょう。これがわかると、水の備蓄の重要性が「なるほど!」と、さらに実感できると思います。
体の水分が減る脱水症状の危険

私たちの体って、実はその大部分が「水(体液)」でできています。よく言われるのは、標準的な成人で体重の約60%もが水だということです。体重60kgの人なら、約36kg(=36L)もが水分なんですよ。
この水は、ただ溜まっているわけではなく、生命活動のあらゆる場面で休みなく働いています。
水が持つ3つの大きな役割
- 運搬(輸送インフラ):
血液やリンパ液の主成分は水です。水は、肺から取り込んだ酸素や食事から得た栄養素を、全身の細胞に届けるトラックの役割をしています。同時に、細胞から出た老廃物(二酸化炭素や尿素など)を回収し、腎臓(尿)や肺(呼気)から外に運び出す役割も担っています。 - 体温調節:
水は「比熱が大きい(温まりにくく、冷めにくい)」という性質があります。このおかげで、外の気温が大きく変わっても、私たちの体温は36〜37℃の狭い範囲で一定に保たれます。暑い時は汗をかき、その汗(水分)が蒸発するときの「気化熱」で体温の上昇を防いでいます。 - 代謝(化学反応の場):
私たちが食べたもの(炭水化物やタンパク質)を消化・分解し、エネルギーを取り出す化学反応は、すべて物質が水に溶けた状態(水溶液中)で行われます。水がなければ、エネルギーを作ることすらできません。
もし、この重要な水分補給が止まると、体は急速に機能不全に陥ります。これが「脱水症状」です。
水分損失率と症状の目安
体重に対してどれくらいの水分が失われると危険なのか、その目安を知っておくと「まだ大丈夫」という油断がなくなります。
【危険!】体重比の水分損失と症状
- 2%損失:強い喉の渇き、集中力の低下、食欲不振(体重60kgの人でわずか1.2Lの損失)
- 5%損失:頭痛、めまい、吐き気、全身の倦怠感(明らかな脱水症状)
- 10%損失:筋肉のけいれん、循環不全(血液循環の悪化)、意識障害
- 20%損失:生命の危機、死に至る
驚くべきことに、わずか2%(夏場に激しい運動をすれば簡単に失われる量)で、すでにパフォーマンスは低下し始めます。この進行の速さが、水の備蓄が「食料よりも優先順位が高い」と言われる生理学的な理由です。
本記事で紹介する健康に関する情報は、一般的な目安です。ご自身の健康状態に不安がある場合や、体調に異変を感じた場合は、必ずかかりつけ医などの専門家にご相談ください。
水不足が招く感染症と血栓

災害時の脱水リスクは、「喉が渇く」とか「熱中症」だけじゃないんです。本当に怖いのは、水不足が引き金となって起こる、致命的な「二次的健康被害」、いわゆる「災害関連死」に繋がる病気です。
血栓症(エコノミークラス症候群)
水分が不足すると、体液、特に血液の水分量が減ります。その結果、血液は濃縮されて粘度が高まり、いわゆる「ドロドロ」の状態になります。
このドロドロの血液は流れにくく、血管の中で固まりやすくなります。これが「血栓(血の塊)」です。特に、避難所や車中泊などで長時間同じ姿勢でいると、足の血流が滞り、血栓ができやすくなります(これがエコノミークラス症候群です)。
この血栓が、立ち上がった時などに血流に乗って移動し、脳の血管を詰まらせれば「脳梗塞」、心臓の血管を詰まらせれば「心筋梗塞」と、命に直結する事態を引き起こします。
感染症(誤嚥性肺炎)
脱水状態になると、体は水分の蒸発を防ごうとして、唾液の分泌を極端に減らします。唾液には、単に口の中を湿らせるだけでなく、食べカスや細菌を洗い流す「自浄作用」という大事な役目があります。
この自浄作用が失われ、さらに貴重な水で歯磨きやうがいができない状況が重なると、口の中で細菌が異常繁殖します。この細菌だらけの唾液が、特にご高齢の方などで飲み込む力(嚥下機能)が弱っていると、誤って食道ではなく気管に入ってしまうこと(誤嚥)があります。その結果、細菌が肺で感染を起こし、「誤嚥性肺炎」という重い肺炎を引き起こします。これは災害関連死の大きな原因の一つです。
臓器不全(腎不全・尿毒症)
体内でエネルギーを作った後に出る老廃物(尿素窒素など)は、主に腎臓で濾過(ろか)され、尿として水と共に排出されます。脱水で体内の水分が不足すると、腎臓は「水を外に出すな!」と命令し、尿の生成をストップさせます。
尿が出ないと、排出されるべき老廃物(毒素)が体内にどんどん蓄積していきます。これが尿路感染症の原因になったり、重度になると毒素が全身に回って意識障害などを起こす「尿毒症」や、腎臓自体の機能が停止する「腎不全」に至るリスクがあります。
災害時に水を確保し、しっかり飲むことは、単に喉の渇きを癒すためだけではありません。こうした致命的な病気を防ぐ、極めて積極的な「医療行為」そのものだと、私は考えています。
水は腐る?水道水の科学

「汲み置きした水って、夏場とか特に腐るんじゃない?」と心配になりますよね。この疑問に答えるには、「腐る」とは何かを科学的に理解する必要があります。
まず科学的な原則から言うと、純粋な「水(H2O)」自体は、水素と酸素からなる無機物です。一方で、私たちが使う「腐る(腐敗)」という言葉は、タンパク質やアミノ酸といった「有機物」が、細菌やカビなどの「微生物」によって分解され、変質することを指します。
ですから、無機物である純粋な水(H2O)自体が「腐る」ことはありません。
じゃあ、なぜ汲み置きの水が「腐った」状態(=飲めない状態)になるのか。それは、水(H2O)そのものではなく、水中に侵入した「微生物」と、そのエサとなるごくわずかな「不純物」が原因です。
- 空気中を浮遊している細菌やカビが、汲み置いた水に侵入します。
- これらの微生物が、水中にもともと含まれるわずかなミネラルや、ホコリなどの有機物を「エサ」にします。
- 水中で微生物が増殖し、その代謝物が水の味や匂いを変化させ、水質を劣化させます。
これが、「水が腐った」と私たちが認識する状態の正体です。
水道水の「残留塩素」がバリア
では、なぜ日本の水道水は蛇口から出た後も(ある程度)安全に飲めるのでしょうか?それは、水道法によって「残留塩素」の含有が義務付けられているからです。
浄水場では、原水に含まれる細菌を塩素(カルキ)で殺菌しますが、重要なのは、殺菌後もあえて一定濃度の塩素を水中に「残留」させている点です。この「残留塩素」が、長い水道管を通って各家庭の蛇口に至るまで、そして蛇口から出た後も、外部から新たに侵入しようとする細菌の増殖を抑える「防衛バリア」として機能しているんです。
【危険】備蓄水を作るときのNG行動
この「残留塩素」は、備蓄水にとって非常に重要です。でも、多くの人が安全のために良かれと思ってやってしまうことが、逆効果になるんです。
- NG① 煮沸する(沸騰させる)
塩素は揮発性(気化しやすい)物質です。煮沸すると、細菌は死にますが、同時に防衛バリアである塩素もすべて空気中に飛んでしまいます。 - NG② 浄水器を通す
多くの浄水器は、美味しさを追求するために不純物と同時にこの「残留塩素」も除去してしまいます。
塩素というバリアを失った水(湯冷ましや浄水器の水)は、その瞬間は無菌でも、細菌が一つでも入ればそれを妨げるものが何もないため、水道水よりもはるかに早く「腐った」状態になってしまいます。

科学的に正しい「汲み置き」の方法
では、水道水を備蓄する際はどうすれば良いか。答えは「残留塩素の力を最大限に活かす」ことです。
- 清潔な容器を用意する
ペットボトルやポリタンクを使い、中を水道水でよく洗浄します。 - 塩素ごと、そのまま汲む
煮沸せず、浄水器も通さず、蛇口から出た水道水をそのまま入れます。 - 空気を抜いて密閉する(最重要)
容器の内部に空気が残らないよう、容器の口いっぱいギリギリまで水道水を満たし、空気を追い出してから確実に蓋を閉めます。
なぜ口いっぱいまで入れるのか?それは、容器内の空気の層(ヘッドスペース)を物理的になくすことで、揮発性である塩素が気化して逃げていくスペースを最小限に抑えるためです。これにより、水中の塩素濃度がより長く維持され、保存期間が延びます。
この方法での保存期間の目安は、直射日光の当たらない冷暗所で3日程度、冷蔵庫なら7日程度と言われています。低温だと細菌の繁殖活動自体が抑制され、かつ塩素の揮発も遅くなるためです。ただ、これもあくまで目安なので、定期的に入れ替えるのが最も安全ですね。
ペットボトルの賞味期限切れは?

市販のミネラルウォーターや長期保存水には「賞味期限」が設定されていますよね。「水は腐らないなら、なぜ?」と誰もが思う疑問です。
「消費期限」ではなく「賞味期限」
まず、食品の期限表示には2種類あります。
- 消費期限:安全に消費できる期限。これを過ぎると安全性が保証されない(腐敗しやすい食品)。
- 賞味期限:品質が変わらずに美味しく飲める期限。これを過ぎてもすぐに危険になるわけではない(劣化が遅い食品)。
水に設定されているのは、後者の「賞味期限」だという点が最大のポイントです。つまり、期限が切れたからといって、直ちに腐って危険になるわけではない、とメーカーが示しているんですね。
なぜ賞味期限があるのか?
日本の市販の水は、加熱殺菌や精密なろ過を経てボトリングされており、化学的にも非常に安定しています。それでも賞味期限が設定されている主な理由は、水(中身)の品質劣化ではなく、容器(ペットボトル)の物理的な性質にあります。
- 理由1:内容量の減少(通気性)
ペットボトル容器は、人間の目には見えないレベルで、ごくわずかな気体(水蒸気)を通す性質(気体透過性)を持っています。長期間(数年単位)保存すると、中の水分が水蒸気としてごく微量ずつ蒸発し、容器内の水が減っていきます。その結果、法律で定められた「表示内容量」(例:2リットル)を下回ってしまう可能性があるため、「表示量を保証する期限」として設定されています。 - 理由2:匂い移り
ペットボトルは、水蒸気を外に通すのと同様に、外部の匂いの分子も内部に透過させる性質があります。芳香剤、防虫剤、洗剤、灯油、お線香など、匂いの強いものの近くに長期間保管すると、それらの匂いが水に移り、風味が著しく損なわれる(=美味しく飲めなくなる)可能性があるためです。
【防災士が教える】期限切れの水の扱い方
では、賞味期限が切れた水をどう扱うべきか。状況別に解説します。
- 未開封で保管状態が良い場合:
「直射日光が当たらない冷暗所」で、「匂いの強いものと一緒に保管していない」という適切な環境であれば、期限が切れても飲用すること自体は可能です。ただし、飲む前に必ずキャップを開けて匂いを確認し、もし少しでも異常を感じる場合は飲用を避けてください。 - 一度開封した場合(最重要):
一度開封した水は、状況が全く異なります。開封した瞬間に、空気中の細菌が侵入します。特に市販のミネラルウォーターの多くは、風味を重視して「塩素」を含んでいません。これは「塩素の抜けた水道水」と同じ、極めて無防備な状態です。したがって、一度開封したペットボトルの水は、冷蔵庫で保管し2〜3日以内、常温保存やボトルに直接口をつけて飲んだ場合は、その日のうち(数時間)に飲み切る必要があります。 - 飲用に不安がある場合:
期限が切れすぎていたり、保管場所に自信がなかったりして、飲むのに不安がある水は、絶対に廃棄しないでください。災害時に必ず必要となる貴重な「生活用水」(手洗いや食器の洗浄、トイレの洗浄水など)として、そのまま備蓄しておくことが推奨されます。
飲料水と生活用水(トイレ)

さて、これまで「飲む水(飲料水)」の話をしてきましたが、水の備蓄にはもう一つ、非常に重要ながら最大の盲点となっているものがあります。それが、「生活用水」、特に「トイレの水」です。
私たちが備蓄する飲料水は「1人1日3リットル」が目安ですが、トイレ、手洗い、衛生管理、清掃などに必要な生活用水は、なんと1人1日10〜20リットルとも言われています。飲料水の何倍もの量が、生活を維持するために必要なんです。
もし、この生活用水の備えがなかったら、どうなるでしょう?
…そうです。せっかく備蓄した貴重なペットボトルの飲料水を、トイレを流すために使うことになってしまいます。これでは、命を守るために確保した飲料水が、文字通り一瞬で「水に流され」、枯渇してしまいます。
最大のリソースは「お風呂の残り湯」
この大量の生活用水をペットボトルで備蓄するのは非現実的です。そこで、災害時に生活用水を確保する最大の、そして最も現実的なリソースが、「お風呂の残り湯」です。
一般的な家庭用浴槽なら約200リットル。これは4人家族の2〜5日分の生活用水に匹敵する、とんでもない量のリソースです。地震が起きたら「すぐにお風呂に水を溜める」という防災術が言われますが、普段から「残り湯をすぐに流さない」習慣をつけておくだけで、自動的にこの備えができます。
ただし、この残り湯の活用には、命に関わる厳格なルールがあります。
【厳守】お風呂の残り湯 活用の安全ルール
- 飲用・調理は絶対にダメ:
入浴後の残り湯には、人間の皮脂や雑菌が大量に含まれています。これを飲むと、下痢や腹痛などの健康被害を引き起こす可能性が非常に高いです。あくまでトイレや洗濯、掃除用です。 - 地震直後はトイレに流さない:
これが最も重要です。地震直後は、自宅の排水管や地域の下水管が破損している可能性があります。その状態で水を流すと、汚水が逆流して、低層階(特にマンションの1階など)のトイレや排水口から溢れ出す「二次被害」を引き起こす恐れがあります。排水設備の安全が確認できるまでは、絶対に水を流してはいけません。
最強の備えは「携帯トイレ」
生活用水(お風呂の残り湯)を確保して初めて、貴重な飲料水が守られる。この関係性はぜひ覚えておいてください。
とはいえ、「下水管の安全が確認できるまでトイレを我慢する」なんて不可能ですし、「バケツでお風呂の水を汲んでトイレに流す」のも大変な重労働です。
そこで私が防災士として最強の備えだと断言できるのが、「携帯トイレ(防災トイレ)」です。凝固剤で汚物を固めて、袋で処理するタイプですね。
これさえあれば、
- 水(生活用水)を一切使わずに済みます。
- 衛生的にも管理が非常に楽です。
- 下水管の破損を心配する必要が一切ありません。
断水時の精神的負担をこれほど劇的に減らしてくれる防災グッズは、他にないかもしれません。これについては、断水時のトイレどうする?防災士が教える対処法の記事で、具体的な使い方や代用品での作り方も詳しく解説していますので、ぜひ一度ご覧になってみてください。

なぜ水を3日分備蓄するのか?体のしくみと水の科学の結論

最後に、なぜ水を3日分(できれば1週間分)備蓄するのか、その理由を「体のしくみ」と「水の科学」の観点からまとめてみましょう。
水の備蓄戦略 5つの視点まとめ
- 1. 社会のため:
「3日分」は、人命救助活動(72時間の壁)を妨げないための社会的な要請。 - 2. インフラのため:
「1週間分」は、復旧が最も遅い「水道」インフラに対応するための現実的な備え。 - 3. 体(医療)のため:
水は体の60%を占める基盤。水分確保は、血栓や感染症を防ぐ「医療行為」そのもの。 - 4. 科学(化学)のため:
水は腐らないが「微生物が繁殖」する。そのバリアが水道水の「残留塩素」。正しい知識で汲み置くことが重要。 - 5. 生活(トイレ)のため:
本当に必要なのは飲料水の何倍もの「生活用水」。生活用水(お風呂の残り湯や携帯トイレ)を確保してこそ、「飲料水」が守られる。
「なぜ水を3日分備蓄するの?」というシンプルな疑問の答えは、これら5つの視点(社会、インフラ、生理学、化学、生活)すべてに、深く関わっていたんですね。
水の備蓄は、災害そのものではなく、その後の過酷な避難生活で命を落とす「災害関連死」を防ぐ、最も重要で基本的な備えの一つです。この記事が、皆さんのご家庭の防災備蓄を今一度見直す、良いきっかけになれば嬉しいです。

