防災士が教える三日月湖のでき方と治水の関係

防災士が教える三日月湖のでき方と治水の関係
こんにちは。「ふくしまの防災 HIH ヒカリネット」防災士の後藤です。
地図や航空写真を見ていると、大きな川の近くに、きれいな三日月(みかづき)の形をした池や湖があるのを見かけたことはありませんか?あれが「三日月湖(みかづきこ)」ですね。「三日月湖のでき方」と検索されたということは、あの不思議な形が「なぜ」できたのか、その「仕組み」に興味をお持ちなのかなと思います。
もしかしたら、昔の川が流れていた跡だ、ということはご存じかもしれませんが、それが「洪水」とどう関係しているのか、あるいは「人工」的に作られたものもあるのか、といった具体的なプロセスは気になるところですよね。実は、三日月湖のでき方は、自然の力だけでなく、「日本」で行われてきた私たちの暮らしを守るための治水、つまり防災の歴史とも深く、深く関わっているんです。
この記事では、防災士の視点も交えながら、三日月湖のでき方をできるだけ「わかりやすく」解説していきたいと思います。三日月湖がどうやってできて、最終的に「その後」どうなっていくのか、その「寿命」についても触れていきますね。
- 三日月湖ができる自然の仕組み
- 洪水が「近道」を作るプロセス
- 人工的に作られる理由と防災
- 地図で昔の川の跡を見つける方法

自然が描く三日月湖のでき方

まずは、自然の力だけで三日月湖がどうやってできるのか、そのプロセスを順を追って見ていきましょう。川の「蛇行(だこう)」がキーワードですよ。
そもそも三日月湖って「なぜ」あるの?

三日月湖は、その名の通り三日月の形をした湖ですが、これは一般的な呼び名ですね。地形の専門用語では、その成因に注目して「河跡湖(かせきこ)」とも呼ばれます。
つまり、「もともと川が流れていた跡(あと)が湖として残っている」地形だということです。特に、傾斜がゆるやかな平野部を流れる大きな川の近くに多く見られます。
ちなみに、英語ではその形が牛の角(Oxbow)に似ていることから “Oxbow Lake” と呼ばれ、それを直訳して「牛角湖(ぎゅうかくこ)」と呼ばれることもありますよ。
では、一体どうやって「川の跡」が本流から切り離されて、取り残されてしまうのでしょうか?それには、川が持つ「蛇行(だこう)」というダイナミックな性質が深く関係しています。
川が曲がる「仕組み」を簡単に解説

川の流れ、特に平野部での流れは、私たちが思う以上に複雑な動きをしています。
山地のような急な坂道を流れる川は、強いエネルギーを持っているので、主に川底を深く削りながら(下方侵食)、比較的まっすぐ流れようとします。
しかし、傾斜が非常にゆるやかな平野部(沖積平野)に出ると、川の流れはエネルギーを失い、ゆったりと流れるようになります。すると今度は、地面を深く掘る力(下方侵食)よりも、川岸を削って左右に揺れ動く力(側方侵食)が強くなるんです。
川が、何かのきっかけで少しでもカーブすると、水の流れに「遠心力」が働きます。その結果、カーブの外側と内側とでは、決定的な「流速の差」が生まれます。
カーブの外側:削られる岸(攻撃斜面)
水が最も速く流れるのがカーブの外側です。速い流れは強いエネルギーを持っており、岸に強くぶつかります。その結果、岸辺をゴリゴリと削る「侵食作用」が活発になります。削られた岸は、まるで崖のように切り立った地形(攻撃斜面)になることが多いですね。
カーブの内側:溜まる土砂(滑走斜面)
一方、カーブの内側は流れがよどみ、流速が最も遅くなります。流れが遅くなると、上流から運ばれてきた砂や小石(砂礫)はエネルギーを失い、その場に「堆積」しやすくなります。こうして、内側には広々とした砂礫の河原(ポイントバーや滑走斜面と呼ばれる)が形成されていきます。
この「外側を削り、内側に溜まる」という一連の作用は、一度始まると止まりません。カーブは外へ外へと広がり、内側には土砂が溜まり、川の「曲がり(曲率)」は時間とともにどんどん大きくなっていきます。これが「蛇行」が発達していく基本的な仕組みです。
蛇行がもたらす川の「デメリット」

川がくねくねと蛇行すると、流れる距離(河道延長)が直線距離に比べて必要以上に長くなりますよね。そうすると、川全体の傾斜(勾配)が緩やかになり、水の流れがとてもゆっくりになってしまいます。
普段は穏やかな川の流れも、これが大雨や台風の時には、防災上の大きな「デメリット」に変わってしまいます。
蛇行河川が持つ「洪水リスク」
川が蛇行していると、流れる距離が長いぶん、川全体の勾配が緩くなり、水の流れ(流速)が遅くなります。そのため、大雨や台風で上流から一気に大量の水が流れてきても、その水をスムーズに海まで排水しきれません。
行き場を失った水は川の中に溜まり、結果として川の水位が急激に上昇しやすくなります。これが、堤防から水が溢れる「氾濫(はんらん)」や、堤防そのものが壊されてしまう「決壊(けっかい)」を引き起こす、非常に大きな原因となってしまうんです。
自然の近道!「洪水」とショートカット

川の蛇行が極端に進むと、S字カーブ同士がぶつかりそうなくらいに接近し、その間の陸地が非常に細くなる部分ができます。この「くびれ」の部分を、地形学用語で「蛇行頸部(だこうけいぶ)」と呼びます。
こうなると、川は常に「もっと楽に(=短く)流れたい」というエネルギーを溜めている状態になります。そして、大雨による「洪水」が発生すると、事態は一変します。
増水した川の激しい流れは、その細くなった蛇行頸部の低い部分を乗り越え、強引に突き破って「近道(ショートカット)」を一気に作ってしまうことがあるんです。これを「短絡(たんらく)」または「カットオフ」と呼びます。
(もちろん、平時の侵食作用だけで、蛇行頸部がじわじわと削られて貫通することもありますが、日本の河川のように流量の変化が激しい場所では、この洪水による突発的なショートカットが、三日月湖形成の主なトリガーになることが多いですね。)
水は物理法則に従いますから、より距離が短く、より傾斜が急な、流れやすい「近道」がひとたびできれば、そちらが新しい「本流」として選択されます。
(もしもの時の備えとして、洪水の基礎知識とハザードマップの活用法も、ぜひ併せてご覧ください。ご自身の地域の洪水リスクを知っておくことは大切ですよ。)
三日月湖の「その後」はどうなる?

こうして「近道(短絡流路)」が本流になると、S字に大きく湾曲していた古い川(旧河道)は、流れる水の量が激減し、本流から「取り残されます」。
ただ、これだけではまだ湖にはなりません。独立した湖として成立するためには、本流との接続口が「閉塞(へいそく)」される最後のステップが必要です。
新しく本流となった直線流路が氾濫するたび、その流れは旧河道の入り口と出口に土砂(泥や砂)を運び込み、堆積させます。やがて、この堆積物が「天然の堤防(自然堤防)」のように「栓(せん)」となり、旧河道は本流から完全に「孤立」します。
こうして本流から完全に切り離され、閉鎖された旧河道に、雨水や周辺からの地下水が溜まることで、独立した「三日月湖」が誕生するのです。
三日月湖の「寿命」と陸地化
しかし、三日月湖は永遠に湖であり続けるわけではありません。地質学的な時間スケールで見れば、比較的「短命」な地形と言われています。
なぜなら、本流から切り離され、水の流れがほぼ停止した「止水域」となるためです。流れがなくなると、周囲の土地から雨水が流れ込むたびに、土砂(無機物)や枯れ葉などの「堆積物」が湖底に一方的に蓄積していきます。
また、浅い水辺ではヨシなどの水生植物が繁茂し、それらが枯死して「有機物(泥炭など)」として積み重なっていきます。
三日月湖のライフサイクル
- 三日月湖(誕生): 本流から切り離された直後。まだ水深もある湖の状態。
- 沼・湿地(湿原): 堆積が進み、徐々に浅くなる。水生植物が湖全体を覆い始める。
- 陸地化(消滅): 完全に埋積され、水面がなくなり、草原や陸地となる。
このようにして陸地化した三日月湖の跡地は、周囲よりもわずかに低い「凹地(旧河道)」として地形が残ります。この平坦で肥沃な(あるいは水はけの悪い)土地は、しばしば「農地(水田など)」として利用されてきた歴史があります。

人工的な三日月湖のでき方と防災

さて、ここまでは自然の力による三日月湖のでき方を見てきました。ダイナミックな地球の営みを感じますよね。ですが、実は、私たちが今「日本」の地図上で見ている三日月湖の多くは、純粋に自然の力だけでできたものばかりではありません。
むしろ、私たちの暮らしを洪水から守る「防災(治水)」の目的で、人間が意図的に作ったもの(人工的な三日月湖)も非常に多いんです。
「人工」の三日月湖ができた理由

その理由は、もうお分かりかもしれませんね。先ほど「デメリット」として挙げた、蛇行河川が持つ「洪水の起こしやすさ」にあります。
昔から、川沿いの平野は農業に適した肥沃な土地であると同時に、常に洪水の危険と隣り合わせの場所でした。日本では、この洪水被害をいかに防ぐか(=治水:ちすい)が、長年にわたる国家的な課題だったわけです。
そこで、蛇行する川がもたらす洪水被害を根本的に減らすため、人間が自らの手で、川の流れをより安全なものに変える大規模な公共事業が行われるようになりました。
治水の「メリット」と河川改修

その工事が「河川改修(かせんかいしゅう)」です。特に重要なのが、自然界で洪水時に起こる「ショートカット」を、人間が重機などを使って意図的・計画的に行う工事です。
蛇行している川をまっすぐにつなぎ直す「直線化工事」、これを専門用語で「捷水路(しょうすいろ)の建設」と呼びます。
自然の「短絡(カットオフ)」が、いわば“自然の気まgle”で起こるのに対し、「捷水路の建設」は、人間の明確な「治水・利水」という目的を持って、工学技術を用いて強制的に実行するもの、と言えますね。
河川改修(直線化)がもたらす治水のメリット
川を人工的にまっすぐにする(捷水路を建設する)ことには、私たちの暮らしを守る上で非常に大きなメリットがあります。
- 排水能力の劇的な向上: 川の距離が短くなり、川底の傾斜が急になるため、水の流れるスピードが格段に速くなります。
- 洪水リスクの低減: 大雨で増水しても、その水を素早く安全に海まで流すことができるようになります。結果、川の水位が上がりにくくなり、氾濫の危険性を大幅に減らすことができます。
- 土地の有効活用: 川がまっすぐになることで、旧河道やその周辺に広がっていた湿地(遊水地)だった土地を、洪水のリスクが低い、安定した「農地」や「住宅地」「工業地」として利用できるようになります。
この工事の結果、自然形成の時と全く同じ理屈で、古い蛇行した川筋(旧河道)が本流から切り離されます。これが「人工的な三日月湖」の正体です。
「日本」の代表例、北海道「石狩川」

日本でこの「人工的な三日月湖」が最も多く見られる代表的な場所が、北海道の石狩川(いしかりがわ)です。
かつての石狩川は「日本一の蛇行河川」とも呼ばれるほど、広大な石狩平野を、まるで蛇のように激しく蛇行していました。その流路延長は、現在のものよりはるかに長かったと言われています。
しかし、その地形ゆえに、ひとたび大雨が降ると、石狩平野は広範囲にわたって深刻な洪水被害に繰り返し見舞われてきました。
そのため、明治時代以降、この洪水対策と、周辺の広大な湿地を豊かな農地(特に水田)として開発するため、国家的な一大プロジェクトとして大規模な河川改修(直線化工事)が繰り返し行われました。
その結果、国土交通省の資料によれば、石狩川は29カ所の捷水路工事などによって、河道の長さが約60kmも短縮されたとされています。現在まっすぐ流れている石狩川の本流のすぐ脇には、取り残された古い川筋としての三日月湖(河跡湖)が、大小さまざま、無数に点在しています。今、石狩平野で見られる三日月湖のほとんどは、この洪水との戦いの歴史、そして北海道開拓の歴史の中で生まれた「人工」のものなんですね。
「地図」で昔の川の跡を探してみよう

こうした「川の歴史」や「土地の成り立ち」は、何も特別な資料を見なくても、今私たちが使っている「地図」から簡単に読み取ることができますよ。
地図アプリで「昔の川」探し!
お手元のスマートフォンの地図アプリ(Google マップなど)を開いて、ご自身の住む地域の大きな川の周りを見てみてください。その際、通常の地図モードだけでなく、「航空写真(衛星写真)」モードに切り替えてみるのが一番のおすすめです。
すると、現在の川の流れとは全く別に、
- いかにも「昔は川だったんだろうな」という三日月型の池や沼、湿地
- 不自然にカーブしている水路や、あぜ道、あるいは道路
- 畑や住宅地が、そこだけきれいに「弧」を描いて区画整理されている場所
などが見つかることがあります。それが、三日月湖や、すでに埋まってしまった三日月湖の「跡地(旧河道)」なんです。
さらに探求したい方は、国土地理院が公開している「地理院地図」も便利です。これを使うと、年代別の古い航空写真や、土地の成り立ちを色分けした「地形分類図」なども見ることができ、まさに「生きた地形の教科書」として楽しめますよ。
このように、土地が元々持っている「地形」や「歴史」を(防災の観点から)知ることは、とても重要です。
川の「寿命」と陸地化プロセス

「人工」の三日月湖の「その後」ですが、基本的な運命は自然のものと同じです。流れが止まっているため、土砂や枯れた植物が堆積し、やがては「寿命」を迎え、浅くなり、湿地化し、最後は陸地に戻っていきます。
ただ、自然のものと少し違うのは、人工的な三日月湖は、切り離された後も、公園(親水公園)や緑地、釣り堀、あるいは農業用水のため池として、地域の人々に利用されながら、ある程度管理されているケースも多い点ですね。
自然の力で陸地化した旧河道が「水田」として利用されることが多いのに対し、人工の三日月湖は「水辺空間」として、私たちの生活のすぐそばに、川の歴史を伝えるモニュメントのように息づいている、とも言えるかもしれません。
防災視点で知る三日月湖のでき方

さて、最後に、防災士の視点から「三日月湖のでき方」をまとめてみたいと思います。
ここまで読んでいただいて、三日月湖が単なる「不思議な形の池」や「美しい風景」というだけのものではないことが、お分かりいただけたかなと思います。
三日月湖は、「そこが過去に大河川の流路であった強力な証拠」であり、同時に「その土地が繰り返してきた洪水と、それに対する人間の治水の歴史そのもの」を物語る、貴重な地形だということです。
もし、ご自身の家の近くや、これから住もうと考えている場所に、三日月湖や、地図上で「旧河道」とわかる地形がある場合、それは「昔、川が蛇行し、氾濫を繰り返していた土地(氾濫原:はんらんげん)」である可能性が非常に高い、ということを示しています。
旧河道(三日月湖の跡地)が持つ地形的リスク
三日月湖やその跡地(旧河道)は、周囲の「自然堤防(川が運んだ土砂でできた、わずかな高まり)」に比べて、地形的に「低い」土地です。
もちろん、現在は河川改修や頑丈な堤防によって、昔とは比べ物にならないほど安全になっています。しかし、土地が元々持っている「成り立ち」や「地形的なリスク(=低くて水が集まりやすい)」は変わりません。
万が一、想定を超えるような豪雨で堤防が決壊したり、内水氾濫(下水や水路が溢れること)が発生したりした場合、そうした「低い土地」に、かつての川の流れを思い出すかのように、水が集まり、浸水が長引く可能性があります。
ハザードマップを見ると、こうした旧河道が「浸水想定区域」として色付けされていることが多いのは、まさにこのためです。
「三日月湖のでき方」を知ることは、単なる地理の知識に留まらず、ご自身やご家族の安全を守るための「防災意識」を高める、非常に重要な第一歩になるはずです。
ぜひこの機会に、お近くの地図やハザードマップを「土地の成り立ち」という視点で、もう一度眺めてみてくださいね。
